木の葉さんの日記 「これからTRPGデビューする人へ(真の正義とは)」

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木の葉
木の葉日記
2018/12/11 20:25[web全体で公開]
🤔 これからTRPGデビューする人へ(真の正義とは)
どうも、仕事が多すぎて頭がおかしくなりそうな木の葉さんです(白目
SW2.5のルールブック3が発売間近(予定)という事もあって、これからTRPGを始める人達に知って貰いたい事をつらつらと。
あ、この話題、某所で同じ事を言ったら『頭おかしい』位の事を言われたので、その程度と思って眉唾でお読み頂ければと思います。

で、タイトルの「真の正義とは」何か、ですが。

はい!ありません!
大事な事なので二回言います。真の正義などありません!!!
以前、「完全な自由など無い(キリッ」みたいな事を書きましたが、これも同じです。
正義とは常に、相対的な物です。

いつも自分は、これを「発酵と腐敗」の関係に例えます。
どちらも、微生物が食事をして排泄をする一つの生活サイクルという点では同じです。
それを「発酵と腐敗」に分けているのは、人間にとって有益かどうか。
つまり、人間の価値観です。

これは「正義」も同じです。
その人が今まで得た経験、知識、さらには教育によって正しいと教えられた数多の「価値観」によって、それが「正義」か「悪」かに分けるのです。
(こんな事を書くと、特定の宗教の人に闇討ちされそうですが)

何故こんな事をわざわざ書くかと言うと、TRPGという遊びはですね、その人の、地が出ます。
その人の正義感…つまり、地の価値観が簡単に漏れ出すのです。
特にテキストベースだと、考えを表現し易い事もあってか、その人の根っ子の考えが文章に大いに反映されるのです。
それの何が問題か。
誰かの正義と、別の誰かの正義が、発酵と腐敗の様に価値観として相容れなかったら?
そこからは、戦争です。
正義と正義のぶつかり合いは、戦争なんです。
TRPG歴が長い程頷く人が多いと思いますけれども、TRPGでは「正義」と「正義」の戦争が、結構な頻度で起きるのです。
セッションのシナリオとして、という意味ではありません。
プレイヤーとプレイヤー。
個人と個人。
意思と意思にによって起こるのです。

しかも、TRPGの中には現実世界で忌避される様な、一般的正義に反する事が背景に設定されている事は珍しくありません。
(流行りのクトゥルフのルールブックなんかは、正しく黒人差別の時代ですし…)
絶対的な正義など無いのにも関わらず、TRPGでは往々にして、あなた達の「正義」を問うてくるのです。

じゃあ、どうすれば良いのでしょう。
ここからは私感になりますが、自分の正義に則って良いと思います。
大事なのは、自分の「正義」が「絶対的な物では無い」事、「相対的な物である事」を認識して、本当にそれが「正義」と胸を張って言えるのか、常に自問自答し続ける事だと思います。
確信犯なんて言葉もある通り、自らの「正義」で「悪」の道を行く人もいます。
それが結果的に「正義」か「悪」か…。
それもまた、大衆という数多の個人の「価値観」によって決まる事なのです。


…と、説教臭い内容となりましたが、この考え方…。

実は「ロールプレイにおいても非常に重要な概念」なんです。

これも以前、「キャラクターの過去はそのキャラクターの大事な今を決める大切な事」みたいな事を書いたと思いますが、ちょっと考えて見て下さい。
それってつまり、そのキャラクターが「今まで得た経験、知識、さらには教育によって正しいと教えられた数多の「価値観」によって、それが「正義」か「悪」かに分けられる」のと同義なのです。
その仮想の人格が何を「正義」とし、何を「悪」とするかは、そのままそのキャラクターの生き様になります。
そのキャラクターの人間臭さ、説得力、そういう部分で、ぐっと魅力的になるのです。

そして、そのキャラクターもまた、「正義」と「悪」について自問自答し、悩むのです。
だからこそ、物語の中で「価値観」が変わり、時に今までと違う選択をするのです。
良く「このキャラクターはこうだから」と決めてしまう人がいますが、それは違います。
どのキャラクターも価値観が変化して良いし、正義も悪も決めなおして良いんです。

それでこそ、人間の物語なんです。

最初は難しいと思いますが、もしもこの文章に納得して頂けたなら、セッション中の心のどこかでちょっとでも考えて頂けたらと思います。

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レスポンス

ほっけーにゃ
ほっけーにゃ木の葉
2018/12/12 12:53[web全体で公開]
> 日記:これからTRPGデビューする人へ(真の正義とは)
私は正義と悪はよく「蜘蛛の巣にかかった蝶を助ける行為」を例えていいますね。
蝶にすりゃ命を助けられるわけで、蜘蛛からすれば飯を奪われるわけです。
このように主観があって初めて判断できる利害イコール善悪なので客観的な善悪というものは存在しません。
あとは主観の価値観という話になりますが、自分のPCの価値観と他人のPCの価値観が相容れなかったとき、立場が対立するということ自体を楽しむというプレイヤーの価値観は共通して持っていて頂きたいものだと思ってます。
それが向いたシステムと不向きなシステムはあるのでなんとか協調するほうへ持っていくか、対立そのものを楽しむか。
それもまたTRPGならではの楽しみだと思っています。駄文失礼いたしました。

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