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😶 アフターストーリー③「心傷夢②」 (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)―――――しかし、どれほど待っても痛みはやってこなかった。 「貴方は悪くありませんよ」 その代わり、そんな優しい声が聞こえてきた。 そして、目を閉じているはずなのに眩く感じるほどの光を肌で感じた。 恐る恐る、目を開けてみるとそこにいたのは―― 「よく頑張ったね。カラちゃん」 ――アリアさんだった。 その『姉』のようなものは必死に突き刺そうと力を入れているように見えるのに対し、アリアさんは片手から発生させている障壁のようなもので余裕そうに止めていた。 何故アリアさんが急に現れたのか、そんな疑問が脳によぎるよりも前に私はアリアさんのもう片方の手で頭を撫でられていた。 その手つきは優しく、温かいものであった。 私はその心地よさに思わず涙がこぼれそうになったが、それを堪えて彼女に感謝の言葉を伝えたかった。 しかし、何故かうまく声が出せなかった。 喉の奥から何か熱いものが込み上げてきて、上手く話せないのだ。 「ごめんね。遅くなっちゃって……でも、大丈夫だよ。私がいる限りカラちゃんは傷つけさせないから。だから、安心して」 アリアさんは、私に諭すようにそう語りかけてくれる。 そして、アリアさんは私からその黒い靄にへと向き直った。 「貴方の正体は、もうわかっています」 そう淡々と告げると、ゆっくりと指さし、言い放つ。 「貴方は、カラちゃんの夢や記憶を依代に生き残ったマダム細胞の残滓そのものです!」 その言葉に、私は衝撃を受けた。 あのとき、打たれたマダム細胞がこんな形で私の身体に残っていたということに一種の気持ち悪ささえ覚えた。 黒い靄だったものは、次第に形を変えていった。 その姿は、人のようだった。 それは、人の姿に変貌していく。 見間違えるはずがない、それはマダム=ジュリアそのものだった。 瞬間、私の中に強い憎悪と殺意が芽生えた。 私は、アリアさんに庇われながら、マダム=ジュリアを睨む。 「マダムゥ……ッ!!」 私はありったけの憎悪を込めて叫ぶ。 しかし、マダム=ジュリアは涼しい顔をしながら私の方を見て、そして笑った。 「フッ、アハハッ!まさか、ここまで辿り 着くとは思わなかったわ。そこのカラトーよりよっぽど探偵に向いてるんじゃないか?お前」 その声は、以前聞いたものと何も変わっていなかった。 しかし、その口調や仕草はまるで別人のそれであった。 私はそのことに違和感を覚えつつも、目の前にいるこの憎き女を殺ることしか頭になかった。 「黙れぇ!お前を、私の家族を殺したお前を今ここで殺してやる!」 私は必死になって叫ぶが、それは虚しくもアリアさんによって制止された。 「落ち着いてください。カラちゃん。ここは私に任せてください。すぐに終わらせますので」 「離してください!!こいつは、私が殺します!」 私は必死に抵抗するが、それでもアリアさんの手を振りほどくことはできなかった。 すると、アリアさんは微笑みを浮かべて言った。 「大丈夫ですよ。貴方のことは私が守りますから」 その表情は、どこまでも優しかった。 そして、その優しさは今の私にとって何よりも残酷なものに感じられた。 だが、それでも今は彼女に甘えるしかないのだ。 だから、せめてもの思いでアリアさんに告げた。ありがとうと。 すると、彼女はまた笑顔で返してくれた。 「それじゃあ、ちょっと待っててくださいね」 彼女はそう言うと、再びマダム=ジュリアの方へ視線を向ける。 「ククッ、ここであたしに勝とうだって?無駄さ、無駄無駄。この空間はそこのそいつの夢空間、そこに直接根を張っているあたしと、ただ干渉してるだけのあんたじゃ、影響力が天と地ほどの差があるんだよ」 マダム=ジュリアはそう言いながらも余裕の態度を崩さない。 「いいえ、ここで貴女を倒しますよ」 アリアさんが自信満々に言い放った直後、私達の足元が突如として光り出した。 「なっ!?」 私は驚きの声を上げる。しかし、アリアさんは冷静だった。 「ほら、やっぱりこうなった」 そう呟いた次の瞬間には、私達は見知らぬ場所にいた。 真っ白な空間。そこには物と呼べるものは存在せず、どこまでもフラットな白いブロックが敷き詰められていた。 アリアさんは、そんな場所の中心に立っていた。 そして、マダム=ジュリアは―― 「ここなら、誰にも邪魔されないね」 ――アリアさんと対峙していた。 「なっ、なんだここは!」 流石のマダムも慌てた様子で、辺りを見渡している。 「この世界は、私がカラちゃんの夢にリンクすることで作った異空間――心象夢。ここでなら、貴方が夢に直接干渉することもできません」アリアさんはそう言うと、両手を広げながら言った。 「そして、この空間の権限は全て私にある」 アリアさんはそう言って、指を鳴らす。 「――なので、こんなこともできるんですよ」 その瞬間、アリアさんの周囲に無数の剣が現れた。それらはまるで生きているかのように空中に浮かんでいる。 それを見ていたマダムは、「チィッ」と舌打ちをしたかと思うと、即座に行動を起こした。 目で追うのもやっとなほどの卓越した身体能力で、一瞬にしてアリアさんとの距離を詰めたマダムは、その勢いのまま拳を放つ。 それはアリアさんを捉えたかに思われたが、アリアさんはそれを難なく受け止めた。 「フッ」 短い笑い声と共に、今度は蹴りが放たれる。 それもアリアさんは、やはり容易く受け流す。 その後もマダムは攻撃を続けるが、アリアさんはその全てをいとも簡単に防いでいった。 マダムの攻撃は、どれも一撃必殺だ。 常人であれば、防御すらままならないであろうその攻撃をアリアさんは、その華奢な身体で軽々と捌いている。 その光景に、私は呆然としていた。 「す、すごい……」 思わず、声が漏れてしまう。 しかし、マダムはそれでは諦めなかった。 「これならどうだ?」 そう言うと、マダムは空高く跳躍した。 そして、あまりの高さに見えなくなるとマダムはアリアさんに向かって急降下を始めた。 「こいつで終わりだ!」 マダムが叫び声を上げ、アリアさんに迫る。 それを迎撃するかのように、浮かんでいた無数の剣が向かっていくがマダムにはまるで効いていなかった。そのままのスピードでアリアさんに肉薄し、腕を振り下ろす。 しかし、それさえもアリアさんは片手で止めた。 「なっ!?」 驚くマダムを尻目に、アリアさんはもう片方の手で手刀を作り、振り上げた。 「ぐぅっ!!」 その攻撃は見事に決まり、マダムは吹き飛ばされた。 「こ、この程度……でぇ!」 マダムはなんとか立ち上がり、反撃に出ようとする。だが、その時には既にアリアさんの姿はなかった。 「どこを見てるんですか?私はここにいますよ」 背後から聞こえたその言葉に、マダムは振り返ろうとする。だが、それよりも早くアリアさんの手がマダムの腹に突き刺さった。 「ごふぁっ!……ば、ばかな」マダムはそのまま崩れ落ちるように倒れた。 「これでもう動けないでしょう。さあ、カラちゃん。今のうちに」 あまりに現実離れしていた戦いに呆けていた私は、アリアさんの声でハッとなる。そうだ、まだ終わっていない。アリアさんがマダムを無力化したとはいえ、まだこの夢は終わっていないのだ。 「アリアさん…ありがとうございます」 そう感謝を述べると、アリアさんは微笑んだ。 「ふふっ…。姉として当然のことをしたまでですよ」 アリアさんはそう言うと刃渡り90cm程の細長い日本刀を出現させた。 そして、その刀を私に手渡してくる。 「これは、貴方の記憶をもとに解析した貴方の両親を斬った刀です。これで……あのマダムを殺してください」 アリアさんの提案にただ、頷いた。 私の手に移った日本刀は、重いと身構えていたが夢の中だからか、意外にも軽くまるで雲を持っているように感じた。 「行きます」 私は短く告げると、倒れているマダムの元へ駆け出した。 これまで、マダムと何度も対峙してきたが一度も傷を負わせることができなかった。 むしろ、私が追い詰められ――仲間に助けてもらっていた。 その度に、悔しい、憎いといった負の感情はどんどんと大きくなっていって……。 何時しか、それしか考えられないようになっていた。 これは、夢だ。夢なんだ。 現実に影響なんてものはなく、私が起きれば終わってしまう胡蝶の世界。 だが、この心傷夢を現実の私が少しでも覚えていたのだとしたら、きっと少しは報われるだろう。そう思いながら、私はマダムの前に立った。 「ケッ、こんな形でてめぇに一度殺されなきゃならないとはな」 「そんな状態でも、減らず口は叩けるんですね」 マダムの体は、アリアさんの攻撃を受けた腹部を中心にボロボロになっていた。 「ハッ、ここは夢の中だ。そんなもん、何も関係ねえんだよ」 マダムはそう言うとケラケラと笑い出す。 「つまり、お前が夢のあたしを殺した所で、何も変わりやしねぇ。てめぇは一生現実のあたしを憎みながら死んでいくんだ」 「……」 マダムの言葉を聞きながらも、私は黙り込む。その通りだと思ったからだ。 例え、それがどんなに救いになる行為だとしても、それは現実でマダム殺したことにはならない。 「でも、私は……」 それでも、私に迷いはなかった。 ゆっくりと刀を構える。 不思議と身体が軽かった。 「何時か私は……あなたを殺します。絶対に」 私は、そう答えた。「ああ、やってみろよ」 マダムはそう言うと、地面を蹴り上げ突っ込んできた。 私は、刀を振りかざす。 しかし、マダムはそれよりも早く拳を振りかぶっている。 そして、その拳が放たれようとした瞬間だった。 『カラちゃん』 不意にアリアさんの声が聞こえてきた。 それと同時に、手に持っていた刀が光を放つ。 それは、とても暖かく優しい光で。 『頑張ってください!』 アリアさんはそう言うと、ニッコリと笑った。 「ああぁああっ!」 私は叫び声をあげながら、刀を振り抜いた。 刀から発せられた光が、マダムを包み込んだ。 「くそがァアアッ!クソォオオオオッ!!」 マダムの絶叫と共に、刀に纏わり付いていた光が霧散していく。 そこには、上半身を失ったマダムの死体だけが残っていた。 「はぁ……はぁ……。終わった…んです、か…?」 マダムを倒した後、しばらく立ち尽くしていた私はようやく我に返った。 「はい、終わりましたよ。お疲れ様です」 後ろから聞こえたアリアさんの声に振り返る。 気づけば私はアリアさんの胸の中にいた。 「アリア……さん」 「よく頑張りました」 アリアさんの胸に抱かれながら頭を撫でられる。 「はい……ぐすっ……」 その心地良さに思わず涙が出そうになる。 「……ありがとうございます。アリアさん」 「ふふっ、いいんですよ」 アリアさんがそう言うと、私とアリアさんの体が薄くなり始めていることに気づいた。 「アリアさん……これって」 「えぇ、夢の終わりですね」 アリアさんが悲しげな顔を浮かべる。 「貴方はこの夢を忘れるかもしれませんが…この思いは心に深く残ると思います」 私がアリアさんの胸から離れ、顔を見上げると。アリアさんは仄かに笑い。 「おめでとう、カラちゃん」 そう、告げられて。私の視界は真っ白になった。
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