【ゆうやけこやけ】コタンコロカムイの花

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登録日:2020/05/09 05:36最終更新日:2020/05/10 19:40

本作は、「神谷涼、清水三毛、インコグ・ラボ、新紀元社」が権利を有する「ふしぎもののけRPG ゆうやけこやけ」の二次創作物です。


●ぷろろーぐ
 町にはもう五日も大雪が降り続けています。
 そのためPCたちは、大層な物知りである、町はずれのお爺さんのところを訊ねます。
 お爺さんの家には先客がいました。シマフクロウの変化と、人間の少年です。梟の変化はコタンコロカムイと名乗り、少年はダイキと名乗ります。
 梟の変化コタンコロカムイによると、この大雪は山の土地神である、パヨカカムイの仕業だそうです。また、ダイキ少年も、お世話になった近所のお姉さんのお引越しがもうすぐで、大雪が続いては困るそうです。
 二人の目的は同じなようですが……しかし、ソリが合わないのか、二人はお互いに喧嘩ばかり。
 お爺さんはPCたちに、二人を助けてあげてほしいと頼んでくるでしょう。
 また、山の土地神は長い年月を生きていて、自分のやっていることがいけないことだとわかっています。PCたちが訪ねていくと、すぐに非を認めて雪を止めてくれるでしょう。
 はたしてPCたちは、みんなに笑顔を取り戻すことができるのでしょうか。

●はじめに
語り手,それではセッション「コタンコロカムイの花」、始めさせていただきます~! いぇーい!
語り手,改めまして、今回語り手をさせていただきます、Nサブです。
語り手,それではえーとえーと、ましろさんから、お願いできますか

ましろ,はい。それでは、ましろです
   年齢は1歳。人間時は12歳くらいの着物を着た少女です。
    へんげが得意で、子供っぽい感じですね
語り手,なるなる
ましろ,数百年間人間との交流のない里で暮らしていたので、人間観は戦国時代あたりで止まっています。ですので、着物を着たお姫様の格好に変わります
ましろ,きつねらしく、あぶらあげは大好きなので、あぶらあげを見ると変身が解けます
    しゃべり方もちょっと古くて、一人称は「わらわ」とかにしましょう
語り手,はい、もう可愛い

・ましろ(PL:海王)
【性別】女 【年齢】12歳(人間状態)1歳(キツネ状態)【正体】狐(キタキツネ)
《能力値》[へんげ:4] [けもの:1] [おとな:0] [こども:3]
https://trpgsession.click/character-detail.php?c=154004855118yrtm&s=yrtm

語り手,「じゃくてん」がおおいのが素敵ですね……
    えーとそれでは、続いてアヤメさん、お願いします
アヤメ,「私はアヤメ。可愛くて素敵な狸さんよ。」
アヤメ,「山にいる部下の世話は、他の者に任せて(押しつけて)、旅行に来たわ。」
アヤメ,「これから佐渡島に行きたいのだけれど、大雪で身動きが取れなくてねぇ。」
アヤメ,「ま、よろしくね。」
語り手,なるほど、なるほど。オヤブンさんですね~!
アヤメ,年を重ねているから化かす術や知識はあるけど、純粋さは全くないですね。

・アヤメ(PL:cod fish)
【性別】めす 【年齢】人間の姿は15くらい(実年齢は50)【正体】狸(ホンドダヌキ)
《能力値》[へんげ:3] [けもの:1] [おとな:3] [こども:1]
https://trpgsession.click/character-detail.php?c=153778803530codfish0408&s=codfish0408

語り手,うーん、ここまでのお二人だけで、もうすでに対比が素敵。ご飯おかわりできちゃいそう
    では、最後につつりさん、お願いします
つつり,はーい
つつり,「シノビとして少しは鳴らした小鳥のへんげですが、最近任務がなくてねー」
つつり,「あんまり家でゴロゴロするのもなんだから、少し運動がてら飛んできたわ。
    もちろん戦う気なんて微塵もないわよ」
語り手,なるほどなー(AIGS
つつり,けものが得意なつつりです

・つつり(PL:イカ銀行)
【正体】鳥(シマエナガ)【年齢】22歳(人間形態)2歳(本体年齢)【性別】メス
《能力値》[へんげ:1] [けもの:4] [おとな:2] [こども:1]
https://trpgsession.click/character-detail.php?c=153793461317cf9100&s=cf9100

●雑談
語り手,好きなるるぶのNPCは鼠のチカちゃん!ですね。
つつり,NPCアンケートきた
ましろ,あ、NPCアンケート書いてなかった
語り手,1:チカちゃん、2:チカちゃん、3:チカちゃん
ましろ,八幡鈴音さんで
アヤメ,あ、私もクロムが好きです。
語り手,チカちゃんですね?
    ……チカちゃんって言えよぉ!( ;∀;)
つつり,いやチカちゃんもかわいいんだけどな

●つながりを決める
語り手,では続いて、つながりの決め、でーすね!
    特筆として、町からPCへのつながりは、自動的に受容(受け入れの居場所になってあげる事)となります。
メイン,つつり,町(村?)の名前どうしましょか
語り手,あ、忘れてました。今回の舞台は「くりから町」となります。
   冬はさみーし夏もまあまあ暑いところです。まあ景色はいいんじゃないかな…(あいまい
ましろ,決まってるんですね
つつり,了解ー(さたすぺ命名表をしまいつつ
アヤメ,サタスペはアカンwww

システム,つつりさんの「ソビエトロシアではつながりがサイコロを決める」ロール(2D8) → 9[5、4] → 9
語り手,大陸怖いな……

語り手,では最後に、つながりの分だけ「想い」と「ふしぎ」を獲得ですね
    ……獲得しておいて!(丸投げ
つつり,処理大変だからそこは○投げでよろしかろう
アヤメ,ですね
語り手,ありがとうございます( ?ω? )
語り手,ではさっそく、「さいしょの場面」じゃー!


●第一の場面
 それは冬。
 音もなく舞い降りる雪が全てを凍らせる季節。
 連日の豪雪のせいで、空模様はまだまだ薄暗く、町は静まり返っていました。
 ずぶずぶと腰まで埋まるほどの大雪の中、あえて外を歩こうという気持ちを持つ者は、人であれ変化であれ、よっぽどの大事な要件があるものか、あるいは土地に不慣れなよそものだけだと思われました。
 不自然なほど続く大雪は、音もなく静かに、全てを飲みこもうとしていました。
 その町の名前はくりから町。
 人と変化がひっそりと寄り添い合う、とある田舎町の、これはちょっぴり不思議で、どこかあたたかな物語。

語り手,……町は今日も朝から大雪がどっさりです。みなさんはそんな雪の降りしきる中を、えっちらおっちらやってきました。
    その場所は家屋というよりも、漁師や狩人が寝泊まりするおんぼろ小屋といった方が正しいかもしれません。
    みなさんが入ってきて、ぴったりと戸を閉めたとしても、小屋全体がぎいぎいと風雪に揺らされていました。
    囲炉裏には小さな火があり、お爺さんと、小さなフクロウと、人間の男の子とがぐるりと座っています。
語り手,「おう、よう来たな。さあさ外は寒かろうに、お入りお入り……」
    お爺さんは皺だらけの顔でにっこりと笑って、あなたたちへ愛想よく手招きしています……
語り手,……と、いうような感じですね!
    当然中は暗くって、まるで百物語でもやってるみたいに雰囲気でてますね。別段、一緒くたで登場されずともオッケーです。
   あるいは、オープニングから登場していて今座ってるよ! ……という感じでも、大丈夫です!

つつり,じゃあ、鳥モードで座布団?の上で毛づくろいをしてよう
    「こんな天気だと外飛ぶ気も起きないわねー……」
アヤメ,「ありがとうね。外は酷いものよ。」
ましろ,わたしも狐状態であぶらあげを食べておきましょう
    「こんな日は部屋でごろごろするに限るのじゃ」
語り手,可愛い…

つつり,せんせー 夕方コストで変身していいですか?
アヤメ,時間は何時ですか?
語り手,はーい!考えてなかったな(おばか)うーん
    シナリオ的には「ひる」ですかね。午後4時すぎぐらい? もうぼちぼち暗くなってくるころ
語り手,(一度も通してないシナリオだと、こまかい粗が散見しますね)
つつり,(回しながらデバックするもんじゃろ?)


 その日、町には一日中雪が降っていた。膝まで埋まるような大雪で、前の日も、その前の日も同じ天気だった。
 わずかな人や車が、痛みをこらえているかのように頭を下げながら、音もなく道を行き来するだけだった
 まるで、町中が冷たい氷の中に閉じ込められてしまっているようだった。一面の灰色の景色の中で、空にも地面にも雪が積もっていた。
 ただ氷雪だけが風に舞っている。窓ガラスを何度も打ち据えて、冷たい指でゆさゆさと揺さぶった。
 身じろぎもせず、ただ町は死んだように静まり返っていた。

 その、町と周囲の山々に挟まれるようにして、粗末な小屋がひっそりとたっていた。
 朽ちかけた小屋は、精々にわか雨をしのぐのが精いっぱいというありさまで、風と雪が叩き付けられるたび、寒さに身じろぎするようにぎいぎいと揺れていた。
 すると突然、戸口がガタガタと開けられ、小さな影が滑り込んだ。その刹那に、小屋の中へばさっと風雪が吹き込んだ。
 中にいた者たちの視線が、一斉に戸口へ向けられる。
 いくつものまなざしを受けて、来訪者はやや居心地悪そうに、白い息を吐いた。ふるふると身じろぎするたび、頭やあちこちに積もった雪がさらさらと落ちる。ガタガタと音のする、ひどく建付けの悪い戸を四苦八苦して再び閉めた後、手持無沙汰の様子で、体についた雪を払った。
「おう、よう来たな。外は寒かろうに、お入りお入り……」
 そう言って、小屋の主と思しき小さな老人が、陽気に手招きをした。その肌は、丸めた紙みたいにくしゃくしゃだったが、黒い瞳は溌溂とし、まるで子供のように生き生きと光っていた。
「……ありがとうね。外は酷いものよ」
 招かれた来訪者が小屋の中、囲炉裏のそばへ歩み寄った。
 ただし、赤々と燃える焚き火によって照らされたのは、座り込んだ老人よりもなお小さな姿だった。


 キタキツネの変化、ましろは片耳をぴくんと動かして、その入ってきた人影にぎゅっと目を凝らした。
(……狸じゃ)
 ましろの視線を受けながら、そいつはしずしずと囲炉裏のそばまで近づいてきた。茶色と白のもこもこした冬の毛並み。太くて短い尻尾。目元のところが黒い模様で覆われた、どこか愛嬌のある顔立ちは、今はつんとそっぽを向いていた。
(……狸は初めて見たのじゃ)
 彼女の視線には、幼い好奇心がこめられていた。その小さな獣の、一挙手一投足をじっと見つめている。
 ましろの視線に気付いてはいるようだったが、そいつはまだ老人と話をしている。そのままちょこんと、頭を下げた。

「やあ、よおくおいでなすった。見かけない顔だ」
「ええ。ちょっとした小旅行でね。ふらふらと歩いていました」
「そうかそうか。こんな何にもない田舎に、よう来なすった、来なすった。ほほ、外はあいにくの雪で、ここは見ての通りのぼろ小屋じゃがのう」
「こちらこそ、入れてくれて助かったわ。酷い大雪だもの」
 そう言って、寒そうにぶるぶると震えた。
 確かに、その言葉通り、狸は頭から尻尾まで、全身ぐっしょりと濡れていた。
 そして、そう内心で言葉を重ねるましろの方も、同じように小屋に避難してきたのだった。きっと、囲炉裏にあたって乾くまでは、自分もあんな感じなんだったんだろうと思った。
「ふーむ。なるほどなるほど、ずいぶん難儀したと見える。さてさて、大層名のある変化と見受けるが、まったく気の毒なことじゃわい。
 ……障りなければ一つ訊ねるが、先の見事な化けっぷり。ひょっとすると、お前さま。さては金長か、はたまた団三郎狸の御同門か……」
「いやだわ。やめてよ、団三郎サンだなんて。恐れ多い……。アヤメよ。ただのアヤメ」
「ほほ。さよか、さよか」
 アヤメと名乗ったその狸は、鼻面へしわを寄せて、器用に渋面をつくってみせた。そのまま囲炉裏に身を寄せて、どっかりと座り込む。それを見て老人は、薄くなった頭に手をやってすまんすまんと笑った。
 あちこちから隙間風の押し寄せる冷気の中では、囲炉裏の炎はいささか頼りなかった。パチンと火花が散って小さな音を立てた。

「……のう」
 なんとなく二人の会話が一息ついてしまって、しんと静まり返る小屋の中、ましろは恐る恐る沈黙を破った。
「その、金長ってなんじゃ? それに、団三郎狸って」
 狸のアヤメはのっそりと振り向き、その薄花色の瞳にぐっと力をこめてましろを見た。老人はひと際、にこやかに笑った。
「ほほ、いずれも齢を重ねて強き力を持ち、その道で右に並ぶ者なしとまで謳われる変化たちよ。気になるのか?」
「うむ。里にいた時はそんな話、聞いたこともなかった」
「勉強熱心じゃなあ。お主もそう思わぬか?」
 老人がアヤメに訊ねると、彼女は面倒くさそうにつぶやいた。
「……狐の子、ね」
 アヤメはくわあとあくびをしながら、暗がりに光る眼でましろをひたりと見据えた。
「……名前はなんというの?」
「わらわか? わらわはましろじゃ。ひとりだちしてからこうして里を出て、初めて狸に会うたのじゃ!」
 ましろはきらきらと目を輝かせた。

 里といってもそれは、人間の住む場所のことではない。人家から遠く離れた、狐の隠れ里である。
 里にも冬は雪が降ったが、この町に訪れて目にしたそれはなにしろ、尋常なものではなかった。ましろのぴんと形の良い耳よりも、さらに何倍も高いところにまで、雪が積もってしまっているのだ……!
 この老人に助けられていなければ、危うく雪の下でかちこちになっていたかもしれなかったと、ましろはこっそり冷や汗をぬぐった。
「ほ、ほんに、ひどい目に会うたのじゃ……! まるで、この町が丸ごと全部、真っ白い布団の中でぎゅうぎゅうに埋もれてしまったみたいじゃった!」
 ましろは白い尻尾を振って力説した。
「……それも、真冬の、床に入る前の冷たい布団にな」
「そうよなあ。春になれば、布団の中もあたたかくて、幸せよな」
「うむ! ……でも、畳んである布団をぐしゃぐしゃにしてしまうと、姉さまたちにものすごく怒られるから、じじどのも気をつけるのじゃぞ?」
 まるで、その姉たちに聞こえるのを心配しているように、きょろきょろと見回して、ましろは声を潜めて囁いた。
「でないと捕まって、思い切り尻をぶたれてしまうのじゃ……!」
「それはそれは、大変じゃろう。重々、肝に銘じておくとするわい」
 老人は大口で、くわばらくわばらと呵々大笑した。つられたようにアヤメも口を開いて笑いかけたが、思い直して、目を閉じた。はじめから興味なんて欠片もないというように、尻尾を持ち上げて、さらに囲炉裏へ近づけた。
「とにかく、アヤメよ。ま、よしなにね」
「うむ、それにしても……狸とは! 珍しいのう、すごいのう……」
「……狸なんて、別に珍しくもなんともないわよ」
「ほほ。爺でも狸でも、童には勝てぬものかな」
 老人がわずかに残った歯を見せて笑った。


 ……一息ついたところで、爪の先まで雪に埋もれた変化たちをいたわって、老人がその場の者に飴湯を振るまってくれた。水飴を湯で溶き生姜を加えたもので、一口すすると、腹の底からぐらぐら温まってきた。
 ぽかぽかと湯気の立つ飴湯をちびりちびりと飲みながら、老人を除けば、この場所で唯一の人間である、ダイキはその様子をそっとうかがっていた。
 そいつは真っ白な毛並みのとても美しい狐だった。
 小学校の図書館にある、分厚くて重たい図鑑で見たことがある。キタキツネだ。
 全身が、夜明け前に降り積もった新雪みたいな純白で、すらりとした四肢は氷の下の流水のように滑らかだった。小ぶりな顔立ちには、なにやら神秘的な雰囲気さえ感じた。
 とはいえ、中身はまったく正反対で、まさしく童心そのものだ。先ほど初めて会って少し話してすぐに、ダイキはそいつが、素直で子供っぽいやつだとわかった。

「なんとぉ! 人間じゃ、人間じゃ! ……ん、んん? なんじゃ、眉に唾はつけないのか」
「な……なんだよ、それ」
「姉さまたちが言っておったぞ。人間は我らを見ると、なんともけったいなマネをするとな」
 ましろと名乗る、その白い狐はこてんと首を傾げていた。
 姿と仕草は、雅な着物をまとった人間の少女そのものなのだから、ダイキはすっかり混乱して、それこそ眉に唾をつけたくなってしまう。
「……のう、じじどの。そういえば、じじどのも、せなんだったな。これはいったいどうしたわけじゃ。それとも、ただの巷説か噂か、さもなくば嘘っぱちだったのか?」
「ほほ、愉快な姉上どのじゃな。……しかし、おなじく、人にはむやみに姿を見せてもならぬ……とも言われなかったかの?」
 そう言われた途端、ましろの声色が変わった。「そ……そうじゃった! じじどの、どうしよう!?」
「まあまあ。そうはいっても、ダイキはほれ、この通り、もとより変化を知っておるしなあ。驚かれぬのなら、まあまあ姉上どのも、あえて目くじらは立てまいて」
「そ、そうなのか! よ、よかったのじゃ……」
「うーん。よくわかんねえけど……ま、オレ、ダイキ。とにかく、よろしくな」
「……うむ!」
 ましろは元気を取り戻して、つんと胸を張った。


 ……シマエナガの津々利は、元々生まれ持っていた天賦の才とたゆまぬ努力によって、天下に名高い鞍馬神流剣術を修め、世に跋扈する数多の悪いやつを成敗してきた優秀な忍びだ。
 その刀(嘴)がいつ抜かれるのか、いつ振り終わったのか、常人では目でとらえる事すら叶わない。
 誰にも知られず、誰にも負けず、今日も津々利は悪をこらしめに翼を広げる。
 しかし……いつの間にか、悪の忍びたちに囲まれていたようだ。
 薄暗い小屋の中で、津々利は一見無防備に座っている。
 しかし誰が気づけようか。彼女は既に臨戦態勢。舟をこぐようにゆっくりと体を揺らし、呼吸を整えて、刀(嘴)を振るう瞬間を今か今かと待ち構えている……

 ジュリリィ――! という絹を引き裂くような鳴き声が聞こえた。
 皆が一様に声の出所を見ると、小屋の隅の方で、うとうとしていたらしい小さなエナガの、その名の由来でもある長い尾羽が、樹皮で編まれた目の粗い敷物に引っかかってしまったようだ。
 ひどく焦った様子で、「うぐぐっ……!」ジュリリ、ジュリリともがいていた。
「あーもう! くっそぅ、イテテ、なんだってんだ。ぬ、抜けやしない……!」
「どうしたんじゃお主。……大丈夫か? わらわが、代わりにとってやろうか」
「あ、おう。た、助かる……」
「なんのなんの。このぐらい、大したことでは。……よっと。ほれ、もう痛くはないか?」
 ましろが爪を器用に出したりひっかけたりすると、あっという間に編み目から羽が外れた。
「……ふぅー。助かった」二、三歩よろよろと歩いてから、小鳥は振り返った。
「やあ、改めて礼を言わせてくれ。あたしはつつりってしがないエナガさ。この恩は決して忘れないからね」
「大袈裟じゃのう」
 ましろは目を細めたが、その小鳥がぴょんぴょんと跳ねて肩に乗ってくると、くすぐったそうに笑った。
「イテテ……羽がいくらか曲がっちゃったかも。はぁ……。座布団の一枚でもあれば、こんな苦労は」
「こういうところには無いものよ。仕方がないわ」
 重ねた前足に頭を乗せていたアヤメが、片目を開けて口を挟んできた。しましまの尻尾を無造作に、ぱたん、ぱたんと動かしている。
「ふうん。ダンナも雪で羽が濡れた口かい」
「……ダンナじゃなくて、アヤメよ」
 狸は幾分呆れたように言った。
「おっと失礼。つつりってもんだ。まあこれも何かの縁、一つよろしく頼む」
 小鳥はちょいちょいと首を傾げ、じゅりぃ……と鳴いた。
「いや、いや、すまんかったのう」
 老人が、困ったように眉をへの字にした。その表情はなんだか年老いた犬に似ている。
「起きて半畳寝て一畳、見ての通りのぼろ小屋で、その日暮らしの爺の寡、気のきかないは年寄りのすることと、大目に見てもらいたい」
「じじどの、なにもそんなかしこまらずとも。吹雪の中で助けてくれたこと、わらわはすごくすごーく、感謝しておるぞ」
 ましろは励ますように老人の背中をふにふにと擦った。


「それにしても、ダイキはどうしてここにおるのじゃ? ダイキも道に迷ってしもうたのか?」
 しなやかな足運びでするりと近づき、少年の組んだあぐらに足を乗せる。
 ましろは不思議そうな表情でダイキを見上げた。
「ば……い、いきなりなんだよ」
 ダイキはその視線から逃げるように顔をそむけた。ましろにはなんとなく、その頬が赤くなっているように見えた。
「ほほ。けなげな、殊勝なこと。全てはアカネのためよ」
「アカネ?」
「うむ。子供のころから一緒に遊んでおった……いわゆる幼馴染というやつか。ダイキとは姉弟同然の仲じゃった。
 もうじき、町から引っ越すことになってのぉ。じゃがしかし……いつ止むとも知れぬこの大雪のせいで、えらく難儀しておるようでなぁ」
「じゅりぃ。難儀ってなんだい?」
「列車が立ち往生しているんでしょう。雪が酷くて出発できないんだわ。かくいう私もその口でね」
「はあん。なるほどねえ。大変だぁな」
 シマエナガとホンドダヌキがのんびりと言葉をかわしている。
「それでダイキは、姉のアカネの力になれないものかと、そうやって訪ねてきたわけじゃな」
「なんと! ダイキ、お主はえらいのじゃ、子供ながらにあっぱれじゃな! 見上げた心意気よ……うむ!」
 ましろはぐいぐいと身を乗り出して、興奮したようにばしばしと少年の膝を叩きながら、力説した。
「いや、だって……姉ちゃんには世話になったしな、色々……。だから最後くらい、オレの方が、何かしてやりたくて」
「ほほ。辛い別れを前にして、悲しみをぐっと堪えて、ただただ世話になった恩を返そうとするその想い、儂はぐぅっと、それはもうぐぐっときた」
「その通りじゃ!」
 ましろは快哉を叫んだ。それに老人がこっくり頷き返す。
 ――うん。で、あるからには。儂も、その気持ちに応えようと思う。
 老人は顔中のしわをさらに深めて、にっこりと笑っていった。

 ※
「それって、つまり……」むぅ、とアヤメは思案顔になった。「なんとか、なるっての? この大雪が?」
「うむ、実を申せば、おおよそ見当はついておる。じゃがしかし」
「あたしは気乗りしないねえ」
 白い肩から飛び降りながら、つつりがいった。
 やる気のないその言葉とは裏腹に、ぽきぽきと首を鳴らし、足をぐっと伸ばし、いかにもこの大雪の中、どこかへ行こうとしている。
 それを見て、ましろもすっと腰を上げた。
「なんとかなるなら、しなくてはな……! じじどの、ぜひ手伝わせてほしいのじゃ。一宿一飯の恩もあるしの」
「ま、この雪が晴れてくれないと、碌に空も飛べないもんねえ」
「……それで、どうしたらいいの?」
 変化たちを代表してアヤメが訊ねる。老人は言葉少なくも団結した変化たちに、とても嬉し気な様子だった。
「さてさて、それは……おお、噂をすれば、来たようだの」
 そう言って、老人が天井を見上げ、顔をほころばせた。
 その視線の先に音もなく、鋭い影が舞い降りてくる。
 まるで、窓から伸びたかすかな光が、古びた床にその表情を照らし出すように、屋根の上から雪がすり抜けてきたみたいに、白いフクロウが音もなく舞い降りてきた。
「紹介させてもらおうかのぉ……これなるは、威霊コタンコロカムイ。魔を祓い、土地を守る神鳥じゃ」
 そう呼ばれたフクロウは、広い翼をたたんで降り立ち、かけらほどの遠慮もなしにじろじろ変化たちを見つめてきた。それは正しく、睥睨というのに近かった。
「……珍しく、爺ィの方から呼びつけてきて、またぞろ、説教でも垂れるのかと思ったが。……大方読めたぜ」
 神鳥コタンコロカムイは静かにいった。
「パヨカカムイをなんとかさせようって腹積もりだろう」
 老人は、にこやかに頷いた。そして、戸惑う変化たちに、以下のようなことを語った。

 曰く、パヨカカムイとはこの辺り一帯の土地神であるそうだ。
 そも。元は蛙の化生であり、山奥の小さな沼を治めていたのだという。
 そも。その沼の周りには、人の手の届かない僻地であることから、草木が生い茂り、鬱蒼としていて、例え昼間でも大変に薄暗く。大男が二人や三人がかりでも到底抱えきれないほど、太い幹を持つ古木がごろごろしているという。
 沼を己の住処とするパヨカカムイは、いつしか山全体の土地神へとなった。一見すると線の細い、風流な年若い男の姿をとるのだが、服の下には爛れた皮膚と恐ろしい毒気を隠す、忌まわしい疫病の性質をも持つ神なのだそうだ。
 この辺りでは古来より、山に入って、射手の姿なき弓弦を引く音が聞こえたなら、このパヨカカムイによって病気に侵される予兆として、恐れられてきたのだという。

「パイカイカムイ……?」一通り話を聞いたましろは、言霊に宿る邪気を払うように、前足で顔の辺りをごしごしと擦った。
「心するんじゃぞ、パヨカカムイは沼と疫病を司る、古き力ある神。ゆめゆめ、その名を呼ぶときは気をつけよ。ほんの僅かでも、気を緩めることのないように、な」
「う、うむ!」ましろは慌てて口をふさいだ。
「神様ねぇ。雪景色は素敵だけど、そろそろ飽きてきたから止めてもらわないとね」
「じゅりりぃ」
 あでやかな口調でアヤメが息を吐いた。それに鳴き声で答えて、つつりは一度ばかり頷いてから、「でもよう」と顔を上げた。
「ばかみたいに雪が続いて皆困ってる、でもって、その土地神が原因なんだってのもわかってる。
 だったなら、その心情、どうしたワケでんなことしてるのかってのも、わかっていてもいいんじゃねえのか、爺さん」

「心情?」アヤメが聞き返した。
「そうさ。いまいち腑に落ちねえのさ」
「腑に落ちないって、どういうわけなの?」
「まず疫病の神だってのが手に負えねえ。んな物騒な性質で、神の力、山々を支配する……ってんなら、ちまちま雪だ雨だと降らせるよりか、もっともっとずっと、手っ取り早い方法があるはずだぜ」
「それは……怖い想像ね」
「ああ、怖ぇのさ。切った張ったの鉄火場なんかじゃ、満足に傷口を洗う水もなければ、あれほど勇敢に戦った鳥たちが、野ざらしで寝かされたまんま、熱出して雛みてぇにぴぃぴぃ泣いてしまうのさ。あたしは何度か見たことがある。大体、そんなのの神様が、なんだってまた雪なんだ」
 そう言って、つつりは納得のいかない様子で考え込んだ。同じく、アヤメも表情を険しくして唸る。
 ましろには会話の内容がよくわかっていなかったが、とりあえず難しい顔をして、「うむ……」とこっくり頷いておいた。
「ううむ。かの神の真意がどこにあるのか、それはよぅはわからぬが」
「じゅりぃ」
「病を司るということは、広めもするが、止めもするのよ。分厚い雪の下に、全てを押し込んで覆い隠してしまえば、疫病は止まる。元が水辺の生き物でもあり、雨風を操る術は心得ておるようじゃ。……反対に、陽を出す、暖めるというのは不得手な部分なのかもしれん。それができておったなら、この北国で、もう少し名が知られておったのかもわからぬがのぅ。ほほ」
「なるほどね……。とにかく、気の抜けない相手だってのは、理解したわ」
「やめるなら今だぜ。怖気づいたって、別に誰も怒りゃしない」
「あら、ありがとう。でも、予定が詰まっておりますから」
 アヤメはすんと胸を張り、凛として答えた。よい楽器を爪弾いたような、嫋々とした響きだった。
「お人よしだあね、ダンナ」
「だから、ダンナじゃないってば」
 小さなエナガのからかいに、狸は肩をすくめてそっけなく返した。


「それで、なんじゃが……」
 老人は重いため息をついた。
 その視線の先には、気がつけばにらみ合い、つかみ合い、取っ組み合いをする、少年とシマフクロウの変化とがあった。
 この二人、普段から顔を合わせばいがみ合う、水と油のような間柄で、老人も難儀しているのだという。
 コタンコロカムイは先代より役目を頂戴してから未だ日が浅く、そのためなのか、子供の他愛ない戯言など笑って流せばいいものを、一々腹を立てて突っかかってばかりいるようである。ダイキはダイキで、普段から偉そうなことばかり言う口先だけの意気地なしが、一たび難事が起こった途端、それみたことかと増長するのが気にくわないらしい。
「どちらが良い悪いなぞ、言ってしまえば五十歩百歩。じゃが、今更このしなびた爺の言葉なぞ、耳を貸そうともせんわい」
「こ、こら……! お主ら、じじどのが困っておるではないか。け、ケンカはダメなのだぞ……!」
「ツリリ。ツリリ。元気なこったな」
 ましろはぴょん!と飛び上がった。二人をどうにか止めようとして、右に左におろおろとする。つつりの方は、心底興味ないというように小首を傾げた。

「ふうん……あの喧嘩、止めても?」
 そう言ったのは狸の変化のアヤメだった。
「ほほ、頼めるかの?」
「口三味線は十八番よ」
 そう言葉を残し、アヤメはゆらりと身を起こすと――立ち上がった。
 彼女が体をふるふると揺すると同時に、見る間にその姿は齢15、6頃の少女の姿に変じていた。
 透けるほどに白い肌、落ち着いた品の良い色合いの着物を纏い、明るいオレンジの帯締めが艶やかで可愛らしい。頬を緩めると、口元からちろりと、やけに鋭い牙が覗いた。
「いちいち偉そうにしやがって、この焼き鳥!」
「ふざけるんじゃねえぞこのタコ坊主! ――ああ? んだとぉ? もういっぺん言ってみやがれ!」
「――もぅし」
「あ? ……なんだ、テメェ」
「――コタンコロカムイだったかしら? 森の賢者にして、空にはばたく者よ」
 そう言うと、アヤメは居住まいを正し、深々と畏まってみせた。
「お初にお目にかかります。本来ならば先にご挨拶申し出るべきではありましたが、此度はこうして主である御老人に情けを賜りまして、休ませていただいておりました――。
 ――さて、此処は一先ず御老人に免じ、その『両翼の如き広き』慈悲の心で、矛を収めてはもらえないかしら?」
「……」
「おっと」
 アヤメは指をぴんと伸ばして、口の前で立てて片目を閉じてみせた。擬音をつけるなら、“ばちこん☆彡”という感じに。
「まさか、自分で自分のことを小さいと認める……なんて、しないでしょうね?」
 コタンコロカムイはむっつりと口を閉ざして、不機嫌そうにたっぷりと羽根を膨らませた。
 アヤメは返事を待たずにくるりと身を翻すと、今度は少年の側に近づいて、目の高さを合わせて屈みこんだ。
「――ねぇ、ケンカはだめよ?」
「うぇっ!?」
 そう言いながら、ダイキの手を取り、瞳を潤ませて上目遣いでそういった。
 おっとりとした気質の多い狸の、その変化にしてはやや切れ長な、瞳の縁だけが、ほんのりと赤い。
「な……なんだよ……」
「――お姉さんとの約束よ? いいかしら?」
「わ……わかったよ、狸のねーちゃん……」ダイキは赤くなってさっと目をそらした。
 それらを見て、こてんと首をかしげて、それからましろは小さく呟いた。
「な、なにを言っておるのか、さっぱりわからんぞ……?」
「ちゅりり、じゅりりり」小鳥はにやにやと笑っている。
「――さて。これでよろしいかしら?」
「んむんむ。かたじけない」
 老人は手のひらを擦り合わせながら、これで一安心だ、というように頷いた。
「さて。これよりは、神鳥たるコタンコロカムイが、お主らを案内してくれるじゃろう。……まあ、見ての通り、ひよひよのひよっこであって、ちと手間はかかるが……」
「先刻から一々うるせえぞ爺ィ」
 コタンコロカムイと呼ばれる神鳥の、三日月のように鋭く弧を描く嘴が、かちかちと不機嫌そうに鳴らされた。


つつり,夢を投げる準備
アヤメ,(ちょろい……いや、若いわねぇ)
つつり,「ええやんええやん」 野球観戦のノリでダイキくんを囃す
語り手,ではえーと、シマフクロウは両翼を広げて、威嚇するようにしゅうしゅうと低く鳴きますね~
    まんまと乗せられました!という感じで。トドメの一言があればそれもよいぞ!
アヤメ,「えぇ、それでこそ、誇り高い梟ね。」適当に持ち上げておく。

語り手,「我が名はコタン・コロ・カムイ」
    「コタン・カラ・カムイ(創造神)が地上に国を創造した時に、最初に地上へ降ろした動物の神であり、高い所から国を見守る神である!」
ましろ,「すごいフクロウなんじゃな」感心しておきます
つつり,純粋そうなましろさんいい……
語り手,アヤメ親分さんしゅき(告白)
つつり,きたいしてるぞー

語り手,……では、あなたたちは協力を約束し、二人を和解させました……というところの、続きからですね。


●第二の場面

 小屋の外は、朝から何も変わらず、今もなお猛烈な雪と風でいっぱいだった。
 全てが白と灰色の雪に覆われて、世界の果てまで冷たい雪と北風に埋め尽くされてしまったようだ。空の太陽のあるらしきところが、ただぼんやりと明るいような気がするだけだった。
 変化たちは四つ足を、あるいは翼と鉤爪を、めいめいに寄せ合い肩を押し合い、自然と一箇所に集まった。
「……いいか、離れるんじゃないぞ」
 そこに、酷くぶっきらぼうな声がかかった。
 いつの間にか、フクロウのいた場所には、青と白の古風な衣装に身を包んだ小柄な少年がいた。変化たちが、深く降り積もった雪にずぼずぼと足を取られているというのに、彼はまるで体重などないかのように、雪の上にしゃがみ込んでいた。
「コタンコロカムイ……どの?」
 目を細め、半信半疑といった様子でましろが呟いた。他の変化たちも、なるほど言われてみればあいつが……とあたりをきょろきょろする。
「……チッ」
 嘴を打ち鳴らす音がまた一つ。
 そいつは無造作に右手を空に掲げた。すると次の瞬間、ましろたちの周囲の景色がふわりとぼやけだした。
 まるで、飛び交う雪同士が擦れて火花が出始めたように、きらきらと光る光の粒が溢れだして、ましろたちをふわりと包む。
 ましろは思わず目を閉じた。見えないまぶたの裏から白い尾先まで羽毛に包まれたような感覚がした。ちょうど、寒い夜に潜り込んだ、姉たちの布団のように。
 そして、すっと体が浮かび上がる感じがして、足の下から雪がなくなった。
「な、な……落ちるのじゃっ!」
 ましろの左右で、アヤメとつつりも身を固くする気配がした。そして叫んだことが合図になったように、ふっ、と舞い散る羽が消えた。
 ましろが恐る恐る目を開けた時、そこは既に、パヨカカムイの住まうという、カムイモシリ(神の世界)だった。


 そこは北の山で最も深く、最も広い、冷え切った沼の底だった。
 ましろたちの周りには、黒い藻が生い茂り、ゆらゆらと揺れていた。赤に青、色とりどりの魚の群れが、水の中を上に下に、変化たちの目の前で優雅に泳いでいく。遥か頭上、水面の向こうにぼんやりと、太陽の気配が弱々しく感じられた。
 沼は、どこまでも広がっているような気がした。沼の底の、積もった泥砂の微かな傾斜の陰影や、転がった岩で遮られた影には、水の中から落ち窪んで溜まった闇が、どろどろと凝って澱んでいた。

「ぬ……? お、おぉ~!」
 ましろが口から驚きを叫ぶと、ぷかりと気泡が浮かぶ。白狐はびっくりして口を塞いだが、どうやら息は普段と変わらずにできるようだった。それに気づくと、興味深げに水の中をあちこち見渡した。
(まるで、ひっくり返した金魚鉢の中のようじゃ……)こっそりと思った。
「結界術……の、一種? 便利そうな術ねぇ……」
 その隣で難しい顔を浮かべる、人に化けた変化がいる。
 シマエナガのつつりだ。
 抜けるような空色の瞳。背に堂々とした翼を持った鳥の変化は、飄々とした態度もどこへやら、足元の水を手のひらに掬っては零している。いや、四方八方どこを見ても水の中なのだから、それはただ、ほんの少し沼をかき混ぜる、ということでしかなかったのかもしれない。
 溜め息を一つして、彼女は胸の中の疑問に一先ず封をして仕舞い込む。そしてじっと前を見据えた。
 その視線は、その領域の主を真っすぐ見つめていた。
 沼と疫病の支配者、パヨカカムイは、長身だが痩躯の男性の姿をしていた。長い髪を乱雑にまとめて後ろで一つにしている。その髪も瞳も、沼の水を思わせる灰色をしていた。眼光は細く鋭く、意地悪そうにも、聡明なようにも見えた。ゆったりとした衣装を黒い帯で締めている。帯をよく見ると、濃淡のある灰色で細かい模様が織り込まれている。
 そして、それに相対する、変化のつつりが人間に化けたその姿は、半袖のTシャツ一枚。
 胸のところには大きく「I♡北海道」とプリントされていた。

「あら。泥船に乗って、沈んだ覚えはないのだけれど……」
 アヤメが物憂げに呟く。
「とりあえず……こんにちは、かしら?」
「お初にお目にかかる!」
「ちーっす、はじめましてー」
「……何奴だ」
 パヨカカムイは、荒々しく削れた盤石へうずくまるように座していた。のっそりとした様子は、まるで暗がりにじっと潜む、不気味な蛙を思わせた。
「おっとっと……皆の衆、畏れ多くも神の御前よ」そこへ、アヤメが一人、するすると進み出る。「――いと深きにおられる、かくも畏き土地神に、かしこみかしこみ、申しまする。此度の諸々の禍事、降り募る大雪、大過なんなんとなれば、ご神託をいただきたく――」
「結構……」
 意外な敬虔深さを見せる狸の言葉を、パヨカカムイは緩慢に手を振って遮った。
「……世辞なぞ、どうでもよい」

 誰かが大きく息をするのが水を伝わって聞こえた。そして、その中を、ましろが一歩進み出でた。
「では、嵐を止めてくれるのか?」
 疫病を司る土地神は、真っ向から向けられたその視線を受けて、瞳にわずかな困惑の色をにじませた。
「この雪で、みんな、困っておるのじゃ。アヤメも旅行の途中じゃし、ダイキのやつも難儀しておるのじゃ。ダイキは、アカネが困るからと言っておって、優しい子で……それに、じじどのもほとほと参っておる。
 それに、それに……!」
「……ましろ」アヤメがやんわりと口を挟んで、言葉を止めた。
 パヨカカムイは気だるげに頬杖をついていたが、改めて、ましろたちをじろりと眺めた。
 身動ぎをしたことで、ばさばさと衣がゆらいで、そこからパヨカカムイの爛れた肌が垣間見えた。彼の神が恐ろしい神であることを、改めて思い知らされるようだった。
「……神の附宮に断りもなく押し入り、何用かと思えば……ふん、嵐だと?」

「……さて。覚えがないな」
 パヨカカムイは顔をそむけた。
 灰色の髪がその表情を隠した。すると、空に不吉な雲がかかるように、彼の周りの沼の水が、どろどろと淀んで陰が濃くなる。
「そ、そのような口を。じじどのも、ダイキも、皆々が困っておるのに!」
「なーんか、ワケありな感じじゃねえの?」
「そ、そうじゃ。何か、何か訳があるんじゃろう。は、話してくれれば、わらわたちが、その……」
「マア、あたしらが土地神サマに何かできるってわけでもないけど。ほら、話せば楽になるっていうじゃない?」
「う、うむ……!」
 ましろとつつりが口々に言葉をいった。こーんこんこん、じゅりじゅりり。片や両手を握りふるふる震え、頭の耳もぴょんと伸び。片や頭の後ろで両手を組んで、ちょっとお気楽な調子で話している。


語り手,では「へんげ」で……4以上かな? が出せると、彼が雪を降らせている張本人だと確信できます
アヤメ,【おひとよし】で判定不可能でーす。
語り手,アヤメさん、おひとよしだった!
ましろ,素のままで成功しました
    「おぬしが降らせているのは分かるぞ。わらわの目はごまかせぬ」
語り手,なんとぉ!?
    ではましろさんは、ぼさぼさの灰色の髪が遮るその横顔から、彼が嘘をついていて、ほんとは犯人なのだと確信しました~!
ましろ,「なぜこのようなことをするのか、教えてくれんか? このままでは、町のみなが困ってしまうのじゃ」
アヤメ,「ちょっと、ましろ!? 流石にそれは無礼な言い分じゃない?」まだ信じている。
つつり,「あんまり眉間にしわ寄せ過ぎると眉毛くっつくわよー。ホラー、話しちゃいなさいよー」
つつり,おひとよしロールいい…… っ夢


「ちょっと、待ちなさい。かの神が、知らないといっているなら……きっとそうなのよ。人違いか、何かなんだと思うわ」
 一方アヤメは急にお人好しなことを言い始めた。
「だって、そうでないと……私たちに、神が嘘を言っていることになるし……」
 頬に手を当てて、ため息をつく。
 元々、彼女たち狸の変化は、お人好しの上にドがつく真面目さ。冗談が通じない性格が多い。先ほどの老人とこの土地神と、どこかで話がすれ違い、主張が食い違ってしまっていると思っているようだった。
 元来、狸たちの大半は、お調子者ののんびり屋。三度の飯より化けること、人を化かすことが大好きで、でもでも、おまんまの方だって朝昼晩とありつきたい、そんな連中だ。威張り散らしてあちこち歩き回るよりも、皆で仲良くのんびりしていたい、そう思う気質なのである。
 アヤメはこれでも地元の方で、彼女を慕う仲間たちを束ねるちょっとした頭領なのだが、そのあたりの気質というのは、どうにも変わらないようだった。
「ましろもつつりも。そんな言い方、それは無礼というものよ」
「なにをばかな! わらわの目は誤魔化せぬ!」
「ツリリ。じゅり、じゅり」

 そんな変化たちを見て、パヨカカムイは皮肉っぽく笑った。それは氷の張った水面のように、冷たい笑みだった。
「愉快な……連中だな? そんなもの、嘘に決まっておるわ」
「なっ……えぇ?」
 アヤメは思わず声を上げて、しかし神と目が合うと、さすがに面と向かって抗議しようとは思わなかったようだ。言葉が脇に逸れて、ぽとりと落ちた。「……まんまと騙されたわね」
「そーいう問題かねぇ?」つつりが小さく尾羽を振って、やれやれと嘆息する。
「……そこな、コタンコロカムイを見ていれば自ずと知れよう……」
 土地神は変化たちの背後を示し、あごをしゃくった。今は見慣れぬ少年の姿をした神鳥は、土地神を睨みつけながらも、押し黙っている。
「たとい神とて、怒り、驚き、泣きもすれば……笑いもする。無論……虚偽を口にのぼらせることもな。それの理由を一人一人、逐一お主らに話す道理もまた……ない」
 パヨカカムイはかすれた声で、「一人一人……」という言葉を、繰り返した。
「……俺は全てに公平であらねばならぬ。なんとなれば、土地を統べる神であるがゆえに……。
 山とは、そこに生きるものらにとって、決して優しきものではないだろう。飢犬咆哮し貪烏群集す……然して、其れが道理。其れが世の……常よ」
 そう言って、パヨカカムイは憫笑した。
 それは、聞き分けのない子供に向かって浮かべる苛立ちの混じった表情のようでもあった。しかし同時に、どこか寂しさの色をにじませた、自嘲にも見えるような表情でもあった。

「でも……それって」つつりは口ごもった。
 みんなが雪に埋もれて凍えれば、確かに公平ねぇ……。本当は、そういうことを言おうとしたのだった。
 その内心を見抜いたかのように、パヨカカムイは静かに言葉を続けた。
「……確かに残酷であろう。然して、命というのは……醜いものよ。どんな生き物も、一皮剥いだその下は、美も醜も、色も香りも……毛程も関わりがない。俺は病魔を司るものとして……よくよくそれを承知しておる。
 おお……強きもの、翼あるものよ。風変わりな格好だが……お主は特に、その道理に……触れてきたのではないのか? 色濃い、荒事の……気配がするが、な……?」
 つつりは黙ったまま、相手の目を見据えた。
 ましろには、それが少しだけ、昏い目をしているように見えた。


「……えぇ、そうね。でも」
 急に押し黙ってしまったエナガを横目にして、その後を継ぐように、アヤメが言った。
「なら、今はどうなの? 夏の日差しは大地を焼き、雨は獣たちを巣穴に閉じ込めて、雪はすべてを覆うわ。でも今回の雪は、明らかに普通じゃあない」
「そう、憤慨することでもあるまい……」
 パヨカカムイはせせら笑った。
「何人とも、永劫の命は得られじ。遅かれ早かれ……よ」
「やっぱり、貴方の仕業なのね……? それなのに、それを……そんな言い方って!」
「老いさらばえ、醜くなるぐらいならば、と……誰しも皆そう望むもの。悍ましく、酷い。されど如何しようも……ないこと。ならば……せめて花の枯れる前に、摘んでやるのが……情けかもしれぬ。
 それに……どうせ土に還るのならば、その時には……やはり故郷がよかろうと、思うがな……?」
 アヤメはひとり、パヨカカムイの前に立ち、淀んで冷たい水の流れを肌で感じながら、瞬きもせずに、土地神のその、見るもおぞましい顔を見据えていた。そして、凛として叫ぶ。
 ましろはそのふさふさした耳を忙しなく動かした。水の中をぴょんと飛び跳ねて、じっと押し黙ったシマフクロウに囁きかけた。
「コタンコロカムイどの……どうすればよいのじゃ? 土地神どのが、話をきいてくれないのじゃ……」
 コタンコロカムイは丁度変化たちの頭の辺りでゆらゆらと、目を閉じて推移を見守っていたようだったが、下から白狐がばたばたと声をかけると、何度か首を回し、ほぅっと、ため息のような声をもらした。
 ややあって、眠りから目覚めたように、ようよう目を開けた。
「……いいや。そいつは嘘だぜ……」
 コタンコロカムイが静かに言った。

「パヨカカムイ。お前はさっき、全てに公平であるとかなんとか講談ぶちまけやがったな……。
 ところがどっこい。聞いたことがある。
 ……お前は、十年から昔のある時、手前の山に迷い込んだ、一人のガキを助けたな?」
「あら」アヤメがどこか嬉しそうに言葉を挟んだ。「素敵。ずいぶんな公平もあったものね……?」
「ああ。あの爺ぃから、聞いたぜ。お前はそこで、常ならば何とも思わず、見捨てる、見逃す……公平であるはずだった。だが何の気まぐれか、そのガキを……助けたと」
「……へぇ~?」何かが腑に落ちたという様子でつつりも相槌をうつ。
「そいつの名は、アカネ。随分とまあ驚いた……小屋で面会わせたあのガキも、同じ名前をド低能みてぇに繰り返すもんだからよ」
 ……不意に、ぴしりと何かが引き裂かれるような音が響いてきた。
 それを聞いたパヨカカムイの形相が、不穏に陰り、月が雲に隠れたように……突如、色をなくした。
 辺りの水が、まるで灯りを吹き消してしまったみたいに、一気に暗く淀んだ。夜にでもなってしまったかのように、自分の指先さえも、よくわからなくなる。
 同時に、どこか遠くから、びゅんびゅんと虚空に弓を射る音が響いてきた。
「……うっ!」鋭く水の向こうを見透かして、コタンコロカムイが呻いた。
「おいテメェ、先に言っとくが……妙な真似はするんじゃねえぞ!」
「翼あるものが……沼の底で、俺と相争わねばならぬとは……まこと、この世は……ままならぬものよな……?」
 土地神がその爛れた手で強く岩肌を掴み、そのまま立ち上がろうとした……。


語り手,……と、いうところで、判定をお願いしま~す~。区切りがいいので小休憩もいれましょうか
    「おとな」7で判定でーすね
ましろ,無理だ。
つつり,高すぎるねー
語り手,土地神さまですから…でもちょっと高かったですね…
    成功すると……、とあることがわかります。
語り手,夢なんかも、どうぞえんりょなく。


 そんな、変化たちの騒動を尻目にして。
 その間中ずっと、ましろは何かを思い出そうとしていた。
 にわかに不穏な気配の膨れ上がる間、一心不乱に……ずっとずっと、考え続けていたのだが、パヨカカムイが立ち上がったのを何気なく見て、
 ふと、
 突然、「そのこと」が胸裡に浮かび上がった。
(……なるほどの)
 ましろは一人で大きく頷いた。

「パヨカカムイどのは、アカネのことが好きなのじゃな」
 ましろのその声は、不思議な響きを持って水の中を伝わっていった。

 それは、生きているものにしかできない、限られた情報を一足飛びで結びつけること。点と点に直感で線を引くこと。論理を無視した発想の飛躍。心の気持ちの水平思考。いわゆるひとつの直感である。
 彼女の中では、そのことはもう、確認するまでもない単なる一つの事実になっていた。
「――素敵なことじゃ!」
 ましろはあっけにとられる面々を見渡して、にっこりと笑った。
 誰かが誰かとケンカをしている、傷つけようとしている。そういう、悲しいすれ違いではなくて。
 嬉しいこと、喜ばしいこと、誰かを好きという明るい気持ち。それに気がついて、見つけ出せて、ましろは本当に嬉しそうに笑った。
 それは小さな子供、純真な心の持ち主にしかできないような、微笑みだった。


語り手,……成功すると、パヨカカムイが寂しがっているのがわかります。
    アカネのことを好いていて、離れたくない、と思っているようです。
   パヨカカムイの雰囲気が変わったのがわかったのか、シマフクロウが「おまえ…?」と首を傾げて…
語り手,……というところで、一度「幕間」とさせていただきます~
アヤメ,「……へぇ?」ニヤリと。
つつり,アヤメさんに釣られてニマニマしよう
ましろ,分かりました。何か食べるものでも持ってきます
アヤメ,ましろさんの古風な口調がいいですねぇ。
つつり,先ほどのシーンは無駄に変身したかったけどうやむやになったからノーコストでいいかな?
    大雪の中を半そでのクソT一枚で闊歩する女性にびっくり判定させたかったんや……


●第三の場面

遠い遠い 神の御山の帰り道
歩幅合わせて 話していたいけれど
その顔が 怖がるところを 見たくなくて
神様は つよがってる


 パヨカカムイは再び岩盤に、どこか力なく、腰を下ろした。そっぽを向いていて、その表情はよくわからなかった。
「……それで寂しくて、雪を降らせておったのじゃな? アカネのことを好いていて、離れたくないと思うておったから、それで……」
 その姿に向かって、ましろがおずおずと言った。
 するとパヨカカムイは彼女を、何かとてもまぶしいものを見つめる時のように、すっと目を細めて見つめた。
「あの幼い娘子は……アカネは。
 ……美麗な、善い性質を持っていた。俺とは、まるで正反対だった」
 パヨカカムイは静かに話し始めた。
「病の神として……醜いと顔を背けられるのは慣れておる。しかしあの娘は、どうにも勝手が違った……。俺は、面食らった。
 ……独りで迷うて歩いて、酷く狼狽しておっても無理のないだろうに、俺を見て……まるで明るさを失わなんだ。
 幼子故の軽忽さ。呆れたその……愚かさよ」
 パヨカカムイは片腹痛いというように嘲り笑った。
「……けれど、気がつけば。……俺は山を降りられる、安全な道を案内していた。……愚劣というなら、俺が一番そうであろう。
 ……酷く奇妙な心持ちだった。この醜き世に、純真なものを見つけたことが。
 そして……再びそこに、その幼子を連れ戻そうとしているのが」
「ふふーん……」
 つつりは土地神にちらりと視線を走らせる。小さくにやついて、笑った。(……なんか、結構かわいいトコ、あるんじゃん)
「……あのまま。何も知らぬ幼子を、穢れもしらぬまま見殺しにしてやるのが、あるいは慈悲とも思うたが……。
 それでも……」
 パヨカカムイは静かに目を瞑った。述懐する、顔の前で指を組んだ姿は、どこか真摯な祈りの姿にも似ていた。
「……確かに、胸を張れることではないのかもしれません」アヤメが言った。
「土地神としてはどうかとも思うわ。……でも、“あなた”は彼女を助けた」
 それを聞くと、パヨカカムイは伏せていた視線を上げ、にやりと笑って言った。
「だから……言っただろう。例え神でも、泣きもすれば笑いもし、人を助けも……するのだから」
「……ふふ、いい顔で笑うじゃない」
 二人はお互いに目配せをして笑う。

 ふうん……。しかし一方で、それを聞いていたコタンコロカムイは、至極どうでもよいという表情だった。
 パヨカカムイとは違い、若いとはいえ神鳥は神鳥、そうした心の機微には理解が及ばないという感じだった。
 あるいは……逆に、その沼の神の方こそが、とびきり人間臭いのかもしれなかった。


「でも、その娘……アカネどののことを、大切に思うているのじゃろう? なのになぜ、こんな吹雪を起こすんじゃ?」
 ましろがくいくいとアヤメの袖を引く。なぜじゃなぜじゃと、疑問を繰り返した。
「アカネどのも、町におるんじゃろう?」
「……大切なものを、手元から離したくなくて、雪の中に閉ざしてしまったのよ。殿方には時折、そうした癇癪をされる方がいるのです」
 アヤメは瞳を閉じて、袖からましろの指を一つ一つ丁寧に外した。そのまま、手と手をそっと握ると、屈みこんで視線を白狐のものに合わせた。
「でも……そうすれば、籠の鳥は空をはばたけずに終わってしまう……」
「もの好きな神様もいたもんだなあ。自分に正直になったほ~が、楽じゃんねえ?」
 つつりのまったく暢気な声だ。ジュリリ。半分あくびするようにしながら、腰に下げた道具入れから、豆らしき物を一粒つまみ、ぽりぽりとかみ砕いている。
「なんとまあ……無作法な連中だ」
 パヨカカムイは物憂げに息を吐いて、岩肌に身を埋めた。


 沼の水が仄かに明るくなっていく。
 パヨカカムイは水面を見上げた。右手を広げる。すると、どこからか赤い魚がその手に飛び込んできた。舞い散る雪花のように優雅な魚だった。
 ――御用命でしょうか。赤い魚が言った。
「雪は……もうよい」かすれた声で囁く。
 ――御心のままに。
 パヨカカムイは右手を強く握った。赤い魚は、水に溶けるように掻き消えて、あっという間に見えなくなった。
「……これでよいだろう」
 再び気だるげな物言いになって、パヨカカムイは頬杖をついた。
「……どうやら嘘はついてないみたいだな」
 コタンコロカムイがあちこちに首を回して眺めた。言葉とは裏腹に、まだどこか疑っている様子である。
「素直じゃねえんだから」つつりはにやっと唇を上げて笑っている。
「……つくづく無礼千万な連中だ。俺は甚くくたびれた。せめて俺の気の変わらぬ間に……戻るがいい」
 犬でも追いやるように手を振って、パヨカカムイは顔をそむけた。
「礼を申すぞ。パヨカカムイどの」ましろはきちんと頭を下げる。耳も揃えてぺこりと礼をした。
「アカネどのにも、ちゃんと伝えておくから……ありがとうなのじゃ」
「……無用の口出しは要らぬ」

「えっ? ちょっと、待った待った」
 アヤメはこれで一件落着というように安心して頷いていたが、急にぽかんとした顔で、パヨカカムイのことを見つめた。
「まさか、その子とのお別れなのに、何もなし、手ぶらってわけじゃないわよね?」
「……どうせ、向こうも覚えてはおらなんだろう。頑是ない童のころの話だぞ」
「あきれたこと」アヤメが首を横に振る。
「……何もないってなら、こっちで勝手に用意させてもらうわ。ええ、そうですとも」
「……そういう、ものなのか? しかし……」
 パヨカカムイは半眼になって口ごもった。
 しかし……自分は、土地神であるのだぞ……? とでも、言いたげな様子だった。
「そんなことはないのじゃ! アカネどのだって、きっときっと、覚えておる筈じゃ」
「くっくっく……ほら、ね?」
 アヤメはましろと顔を見合わせ、土地神へ冗談めかしてウィンクを投げた。
「殿方から乙女へ贈るプレゼントは、指輪か花と相場が決まっています。そうねえ……貴方の土地に咲く花ならば、きっと喜んでもらえると思う」
「そ、そうなんじゃな……。アヤメどのは、大人じゃのう」
 言いながら、ましろはそわそわして、胸の前でぎゅっと両手を握った。
「ふふ。手伝ってくれるなら、ましろにも頼みたいわね」
「う……うむ、任せてくれ! 花ならわらわも好きじゃ。アカネどのも絶対に喜んでくれるぞ!」
「いやいや、甘いもんにも一票……って、言いたいところだけど。花ってのも、らしいっちゃらしくていいのかもな」
 変化たちの鈴を転がすような、腕を組んだ思案顔、左右にぴょんぴょん鞠のように弾む様子、両手を背中に回したお気楽な調子、それらによって沼の底はあっという間に賑やかになった。

 とうとう、パヨカカムイは憮然とした表情を隠そうともしなくなった。手で顔を覆いながら、大きく深く、長々とため息をついた。
 あるいは彼とってこの瞬間が、この長い日の中で一番、不機嫌にさせられた時かもしれなかった。


 沼の外、山間の険しい道を通って、斜面のほんのわずかな場所、へばりつくようにしてひっそりと、緑したたる場所があった。
 高所の寒気によって、驚くほどに洗礼されたすがすがしい気配。
 パヨカカムイに導かれたその花畑では、あれだけ荒れ狂っていた吹雪がすっかりと止んでいて、頭上には久しぶりの太陽が輝いていた。まるで春先のような日差しが、変化たちを包み込む。
 神域の花畑には、纏わりつくような、変化たちをふわりと取り囲む、冬の雪と花の匂いがした。

「――ましろ、貴方に見つけてほしいのは、“白い狐花”と呼ばれる花よ」
「な、なんとも親しみのある名前じゃの。さぞや綺麗な花なのじゃな」
「ふふ。それだけじゃないけれどね。理由は四つあるわ。つまり、この銀景色のように綺麗な白い花であること。実は毒があること。そして、その花言葉は“また会える日を楽しみに”――」
「はー!」
 ましろは鼻先に雪をつけたまま、ずぼっと顔を上げると、感心したように声をあげた。「アヤメどのは物知りだのう!」
「じゅりぃ。じゃあ、四つ目はなんだい?」すっと腕組みをしながら、つつりが空の上から降りてくる。
「それは……今は秘密。ね?」
 アヤメはそれにゆるゆると頭を振って、しーっという仕草をした。

「見つけたのじゃ~! 多分これが、白い狐花じゃ!」
「こちらENAGA1、ホワイトアマリリス発見! 繰り返す、ホワイトアマリリス発見。オーバー」
「ありがとう。これだけあれば、きっと素敵な花束ができる。……あ、そうそう。ついでに、雪の雫もあれば、嬉しいのだけれど」
「なんと。他にも花束に加えるのか?」
「そう言われると、あってもいいかもな」
「いや、花束とは別口よ。碌でもない意味に……なるからね」
「む、難しいものじゃのぅ……」
「は~、大変だぁね。それにそもそも……土地神の秘密の花畑だ。採り過ぎてもダメ、荒らすなんてもってのほかだしね」
「ふふ。あの朴念仁なお方のお庭だもの、どうせ。ちょっとくらいなら……バレないかもね」
「へん。祟られても知らねぇからな。どれ、んじゃあもう一ッ飛び……」
「迷惑かけるのじゃ、つつりどの」
「貴方も飛べなかったかしら?」
「アア? うん、まあ任せとけって」
「違う違う、ましろの方よ」
「……??」

 そこからはつつりとましろの二人がかりで空から花を探し、丁寧に摘んでいった。
 白い花の影から、とっくに冬眠しているはずの蛙がごそごそと姿を見せる。喉を膨らませてゲコゲコと、寒さで不満たらたらに聞こえる鳴き声を低く歌った。
 あら……。それに気づいたアヤメが、何かを言おうとそちらに向き直った。しかし丁度、泥と雪が溶けて混ざり合ったものに足を取られて、盛大にひっくり返ってしまった。
 蛙はぎょろぎょろと目を見張ってから、ため息でもするように、ぐわわっ……と一声鳴いた。


語り手,花か…これはタイトル回収の予感?
語り手,「……それでは」と、パヨカカムイは再びふしぎを使って、見た事もない花を呼び出すかな
アヤメ,「手伝ってくれるなら、探し物はましろに頼みたいわね。」
ましろ,「花ならわらわも好きじゃ。きっとアカネ殿も喜んでくれるぞ」
語り手,捜してくれるのでしたら、そっちのが素敵かしら…!
    それなら、「心当たりが…ないこともない」ときまり悪げにパヨカカムイが言って、案内してくれるかな!

アヤメ,スノードロップ(雪の雫)は、本来は贈り物に向かない。理由は後程。
語り手,はーい! ではそのように、見目状態の良い花々をいくつも見つけられました! コタンコロカムイが声をかけてきますね。
語り手,プランBでいこう。プランBは……
アヤメ,ただし、スノードロップは花束に加えないでください。禄でもない意味になります。
語り手,はーい!ではえーと、そのスノードロップは別口で、という感じですね
アヤメ,はい。まじで知られたらパヨカカムイに殺されかねないような意味になるので。
語り手,お? こ、これは期待が高まる
つつり,豊富なリアル知識はあると楽しくていいねぇ
語り手,夢なげじゃ夢なげ! ユメェ…フシギィ…

語り手,それでは、花束を作り終えたあなたたちに、コタンコロカムイが声をかけてきますね。
    「……気は済んだかよ?」気は済んだってなかなかのいいかたね
語り手,「そうそう。アカネとかってーのは【明日の午後十時五十二分発】だそうだぞ」
つつり,夜行列車かな?
アヤメ,引っ越しならあり得そう。
語り手,言われれば夜行列車というのも、中々、お別れとしてはえもいかもしれませんね……?
    じゃーそれにしましょうか!

つつり,きいてきいて! ここの土地神さまはロリコン!
語り手,醜いニンゲンが嫌いなだけだから……


 次第に、足元に伸びる影が長くなってきた。
 山は、永遠に続くかのような静寂の中で次第に次第に、眠りにつき始める。
「……気は済んだかよ?」
 音もなく、傾き始めた西日を遮って、大きな影が舞い降りてきた。
 コタンコロカムイは、変化たちの目の前で静かに翼をたたみ、くるりと首を回した。
「うむ! 待たせたな、コタンコロカムイどの」
「うんうん。いやァ、い~い花束じゃねえか。パヨカカムイの名代ってのが、ちと惜しくなっちまう」
「えぇ。十分、乙女が喜ぶ贈り物ができたと思います」
「本当なのじゃ。アカネどの、喜んでくれると嬉しいのう!」
 ましろたちは口々に、お互いの成果を確かめ合って笑った。その手の中には、質素だが丁寧に束ねられた綺麗な花々がある。
「ふうん。……アカネとかってーのは、【明日の午後十時五十二分発】だそうだな」
 コタンコロカムイが頷いた。どこか声に力がない。ひょいと鉤爪のついた右足を持ち上げて、にぎにぎと具合を確かめるように動かしていた。
「ちったぁ礼をしたいし、花束は俺が預かっておいてやる。しおれッちまわないようにな。……特別だぞ」
 まだ少し、汚れて濡れている翼をばさりと広げる。
「明日は……その、駅とかってので各々が集まればいいだろう。先んじて集まって、変に目立ってもつまらねえしな。
 ふう……。さて、いくらでも感謝していいんだぞ」
「ありがとうね。感謝します。ええ、広い、ひろーい心をお持ちね」
「はいはい、かんしゃかんしゃー」
「感謝するのじゃ!」
 おそらく言葉通りの感謝をしているのはましろだけだろう。アヤメは内心を取り繕うように笑みを浮かべていたが、つつりの方は明らかに隠す気もなさそうである。
 コタンコロカムイは自分の翼をつついて、沼の水がまだ染みている羽根を抜いて捨てた。白い羽の中でひと際どす黒く目立っていたものだ。
「よーし……。じゃあ、最後にもう一度だけ、小屋まで送ってやる。また目を瞑ってろよ……」
 フクロウは羽根をもう一枚雪原に投げ捨てた。抜かれた羽根はかすかに光って、すぐにさらさらと塵になって見えなくなった。
「……そうまで言われると、目を開けてみたくなる。……いや、やめておきましょうか」
 横目でぎょろっとコタンコロカムイに睨まれ、アヤメは首をすくめた。
 そのアヤメの腕の中には「明け方の水晶のごとき夜露をまとった最高に瑞々しい花々」とさえ呼べるような白い花束がある。
 しかし、再び景色が揺らぎ、皆が目をぎゅっと瞑ってその場を離れるその瞬間に。
 花束の中に、見慣れぬ紫色の花が一輪、そっと紛れ込んだのを、見ていたものはいなかった。


●最後の場面
語り手,それでは最後の第四幕でーす
つつり,今度はコスト払って変身させてもらうぞ
語り手,あ、はーい! 場面は「夜」かな、せっかくですので
つつり,想い6でへんしーん(完全な人間)
ましろ,私も変身しておきましょう。6点支払いました(完全な人間)
アヤメ,あ、登場の姿ですが、ちょっと特殊なことをしたいです。
語り手,ぬ……?

語り手,なるほど、仕込み……ですね! はーい、了解でーす!


 週の初めから、ずっとずっと、真冬の山の中みたいな暴風雪が続いていて、くりから町では誰もが、穏やかな天気が戻ってくることを願っていた。
 その日は朝こそ薄暗い空模様だったが、お昼ぐらいから久方ぶりに太陽が顔を出して、皆がほっとした。まるで一足先に春がやって来たみたいに、誰もが元気を取り戻していた。

 吹きさらしのプラットホームには人影がなかった。暖房のついた、暖かい待合室なんて気の利いたものもない。遠くの方に、煙草を吸っているかすかな光が見えるだけだった。
 アカネとダイキは、そんな駅の中に立って、ぽつぽつと話し込んでいた。彼女の方が、いくらか背も高い。
 アカネは分厚いオーバーコートを羽織り、青いマフラーを巻いていた。鼻の頭を赤くしながら、指先を軽く揉んで暖めている。時々マフラーを直しながら寒さをこらえ、二人で、白い息を吐いて列車を待っていた。

 ……一匹の白い狐が闇夜にまぎれ、息を切らしながら駅にたどり着いた時、二人はもう、別れの挨拶を済ませるところだった。
 ましろはきょろきょろと辺りを確認すると、駅の扉を頭で押して開ける。
 尻尾が、閉まっていく扉をさっと通り抜けると、髪を腰まで届くぐらいに伸ばしたお馴染みの少女の姿になった。
 少女は大慌てで、着物の裾をからげながら、雪と氷でつるつると滑りやすい階段を懸命に駆け下りていく……。


「……それじゃ、元気でね、姉ちゃん」
「ええ。ダイキも暖かくしてなくちゃ、ダメよ。気をつけてね」
 ダイキはしかめ面をして、何かを言いかけたが、口からはもごもごとした言葉しか出てこない。心臓まで凍りついてしまったかのように、じっとアカネのことを凝視するだけだった。
 アカネがちらっと時刻を確認する。まだ少しだけ、余裕があるようだ。ふぅ、と頬を上気させて、何気なく世間話を持ち出した。
「……それにしても雪、やんでよかった」
「う、うん……」
「お天気予報でも、いつ止むのか全然見通しがつかないって言ってたのに。へんなの。でも助かった。せっかく、最後の日なんだもんね」
「……なあ姉ちゃん」
 ちょっとの間、ダイキは口の利き方を忘れてしまったみたいだった。
「変な話……なんだけどさ。……信じてくれる?」
「どうしたの、いきなり?」
 アカネはくすくす笑って、ぱちんと手を叩いた。「よくわかんないけど……じゃあ、どうぞ?」
「ほんと言うと、この雪って、さ……じつは……」
「あーっ!!」
 いきなりダイキの言葉を遮り、アカネは大きく叫んで、階段の方を指さした。古風の衣装を着た少女の姿だ。その駆け下りてきた人影に向かって、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「へ、変化っていう……さ。よくわかんねーんだけど、爺ちゃんの言うには神と人の……い? なにさ?」
「ねね、ダイキ見て見て! あの子、すごーく可愛い!」


「ほえっ?」
 ましろは突然、親し気で温かい笑顔で出迎えられて、目が点になった。
 ダイキと話していたその女性は、結構身長があって、手も足も長くすらっとした雰囲気があった。けれど表情は、まるで子供みたいに忙しなくころころと変わった。まるで一人で百面相をしているようだ。
 あっという間に近づいてきて、ぎゅっとましろの手を握った。
「ねえ、あなた一人なの? もう遅いよ? 寒くはないの?」
「う……うむ」
 ましろは思わず口ごもった。アカネはそこで、握った手の体温に驚いたように、自分の両手でましろの小さい手を包んで柔らかく擦った。「ちょっと……大丈夫?」
「さ、寒くはないのじゃ」
「あっ、そうだわ、これ。マフラー貸したげる。ほら……」
 言うが早いか彼女はしゅるしゅるとマフラーをほどいて、ましろの首に巻いてくれた。
「ね! どうかな、これでもう寒くないかな?」
「あ……ありがとう、なのじゃ」ましろは毛糸の感触に、くすぐったそうに微笑んだ。「毛糸の襟巻じゃな。最近の人の子たちは、便利なものを持っているのぅ」
「そうそう、あったかーいの。あなたも、可愛くて素敵な着物ね。……その話し方って、最近のアニメとかで流行ってるのかな」
「あにめ? わらわの里では、これがふつうじゃぞ」
「そうなの? でも着物も、衽もしっかりしてるし。絵柄も、縫い目を跨って作られてる本格的なもので……ん、んん……?」
 アカネは手を握ったまま、「?」を浮かべている。


 変化は無暗に人前に出るべからず。そして人も、それを無暗に吹聴するべきではない。
 ……お互い、びっくりしてしまうかもしれんからのう。
 というのが、あの老人が以前、ダイキに話した言葉だ。
「あー……。もう、しょうがねぇ、のかなぁ……?」
 愛らしい少女の姿をしたキタキツネへ、一目散に駆け寄るアカネの背中を見つめながら、ダイキが頭を掻いて嘆息した。アカネは、人懐こくて世話好きで情が深くてある種強引で、ついでに人一倍、可愛いものに目がない。見ると、一方的にまくしたてられて、ましろが目を白黒させている。
 びっくりはしてねぇしな……。ダイキが心の中でこっそり言い訳をする。逆に、ましろの方がびっくりしてるぐらいだし……。
「じゃあ、他にも……いるんだよな」
 頭の後ろで手を組んで、あたりを見渡す。元々、そんなに広い場所でもないし、人影も皆無だったから、彼女もすぐに見つかった。待合室の暗がりから、笑いをこらえつつひっそりと歩いてくる。
「あ、やっぱり。おーい、つつり!」
「はいよー」
 つつりは軽い調子で片手を上げて答えた。そばまで近づいてきて、二人並んで立つと、やっぱり彼女の方が頭一つ分は背が高い。
 ダイキはどこか面白くないものを感じながら、その白いシルエットを見上げた。
 そういえば、つつりもましろも、どっちも白い。やっぱり、寒いところで生まれたのかな。そんなことをぼんやりと考えた。
「やっぱ、いたな。……なあ、正体は隠すんじゃなかったのかよ? まあ、姉さんは薄々気づいてたのかもしんないけどさ」
「アハハ。あれが、アイツの言っていたアカネか……ふふ。中々めんこいなぁ」
「アイツ?」
「くっくっく。いや、失礼。
 大したことじゃないって思うよ。でも、聞けば短いことながら、きっと、一から話せば長くなるからね」
 それだけを言って、つつりはつかつかと二人の方へ歩いていく。
「……少しだけ臆病で、だから独りで強がってた、とある神さまの話だからね」


「あー、ああー、お二人さん。ちょっといいかな。説明もなんも、ちょっと後にしておくれ」
 つつりが両腕を振りながら、仲良く話し込んでいた二人に割って入った。
「アカネさん……だっけ。噂はかねがね。そう、そう。こっちのこの子はいいトコの出でね」ぽんと、ましろの後ろからその肩に手をかけた。
「あ、やっぱりそんなカンジなんだ? 二人とも、ダイキのお友達?」
 ふうん。アカネはちょっとだけ思案をしたが、すぐに顔をあげて、にっこりと笑った。
「いいわね。とっても似合ってる」
「ふふん。そうじゃろう? 自慢の着物なのじゃ」
「大事にしてあげて。それにましろちゃん、髪の毛だってさらさらしてて、負けないぐらいすっごく綺麗なんだから。まるで御伽噺のお姫様みたい……」
「んむんむ!」
 ましろは盛んに褒められて、すっかり得意げな様子だ。
「……なあ、じゃあアヤメさんはどこいったんだ?」ダイキは声を潜めて、つつりに囁きかけた。
「さぁな。あの姉御のことだから、なんか考えでもあんだろ」つつりもひそひそと答える。
「それに……」
 もう来るよ。
 そう言って、つつりは吹きさらしのプラットホームを見上げた。つつりの耳は、闇夜を切り裂くかすかな羽ばたきを捉えていた。


 夜のとばりを振り払うように、ばさり、ばさりと何度も羽ばたきの音がした。
 鮮やかな花束を脚に抱えたエゾフクロウが、さっと駅に飛んできて、何度か頭上をぐるぐると回ると、あっけにとられたアカネの腕の中に白い花束をふわっと落とした。
 花束の中には、一本だけ色の違う紫が素知らぬ顔をして紛れ込んでいる。
「来たようじゃな!」それにましろが手を振って、ぴょんぴょん跳ねながら叫ぶ。
 しかし、目算が狂っていたのか、花束は微妙な弧を描いてアカネの脇へそれた。丁度、横着して投げた紙屑が、箱のふちにぶつかってうまく入らない時に似ていた。
 あっ――。アカネがつられて腕を伸ばす。
 そして、それを見たつつりは息を吐いて片目を瞑り、風の流れを読むように、そしてオーケストラの指揮者のように、指を一本伸ばしてくいくいっと軽く振る。
 すると、まるでその動きに操られるように、微弱な風が一陣駅を吹き抜けた。花束は空中をゆっくりと運ばれて、すっかり驚いたアカネのところへ無事に落ちる。
「あいつ、でかい口叩くワリには、変に不器用じゃないか」
「つつりどの……ないすふぉろーじゃ!」
 肩を下ろすつつりに向かって、ぐっとましろがガッツポーズをしてみせる。


(――ちょっと! 淑女を届けるんだから丁寧にしなさいよ――!)


つつり,コタンコロカムイが少しノーコンだったということにして、風を吹かせてうまくアカネさんがキャッチできるようにしたい
語り手,なるほどなるほど。
つつり,片目を瞑って人差し指を軽くクイクイすると弱い風が拭く
語り手,ではちょっと不自然な風が吹いて、見ていてぴんときたダイキ君はつつりさんの方を振り返ったりしますね

アヤメ,梟だから、音が出たということは、わざと鳴らしながら飛んできたのかな?
語り手,言われてみればそうですね……(なにも考えてなかった
    いきなり飛んで来たら怖いだろ! コタンコロカムイは気遣いもできる立派な神様


 わ、わ、わ……!
 花束を抱えたまま、鳥がそのまま巣を作ってしまうぐらいあんぐりと口を開けて、アカネは辺りを見回していた。その視線が、その場の中で一番気心の知れた相手に向けられる。
「鳥! おっきいフクロウ! ……に、花束も! これって……もしかしてダイキ、あんたの仕業?」
「し……仕業って! そんな言い方ねーだろ! 第一、ホントに知らねーし!」
「でもあんた、昔っから、とんでもないことばっかりやるんだもの」
 アカネはそう言って、けれど、とても嬉しそうに顔をほころばせた。
「……でも、ありがとうね。みんなも。なんだか、そのために、集まって貰ったみたいだしね」
「いや、ホントにしらねーよ……!」
 照れ臭そうにポケットに手を突っ込んで、ダイキはぶっきらぼうに首を振って否定した。
「なあつつり、あんたたちの仕業なのか?」
「くっくっく……さぁね、なんのことだか」
 つつりはとぼけたように笑っている。

「綺麗……それに、いい匂い。ねえ、これ何ていうお花なの?」
「え? えっと……」
 アカネは改めて手の中の花束に感心すると、嬉しそうに花の香りを楽しんでいる。ダイキの方はしどろもどろだ。
「それはー……。ええっとぉ……。アヤメさんはなんて言ってたかなぁ……」隣のつつりも頭に手をやって、歯がゆそうにうむむと唸っている。
「白い狐花じゃな! わらわとおんなじ名前じゃから覚えておるぞ!」
「お。そうそう、それ~」
「へーえ! そうなんだあ!」アカネは目を丸くしている。「ましろちゃん良く知ってたわね、物知り!」
「うむうむ! そうじゃろう!」
 ましろは腰に手を当てて、鼻高々に胸を張った。
「まぁ、あんたは自分が思っている以上に、想われているんじゃないかねぇ」
「へ? なんのこと?」
 しみじみとした調子でつつりがそう笑うと、アカネは困惑した様子で、彼女に詳しく聞き返そうとした……。
 けれど、そんな瞬間に。
 とうとう、その時がやってきた。
 黒い車体がゆっくりと深いため息のような音を立てながら、駅にのろのろと滑り込んできて、年寄りの獣が億劫そうに体を横たえるかのように、止まった。
 列車が到着したのだ。
 そしてそれは、別れの時間が来たということでもあった。


「えっと……それじゃ、さよならね。ダイキ。それにみんなも。私の新しいお友達。ね?」
 アカネの表情は寂しさを湛えていた。けれど、ひとりひとりにお別れを言いながら、悲しみを振り払うかのように眩しく笑っていた。
 ましろはそれを見て、強いひとだな、と思う。
 ぎゅっと、包み込むみたいに抱きしめられた。それはましろがまだ小さな子狐だったころ、姉たちにたくさん抱きしめられた頃を思い出させた。アカネは、まるでお日様のようなぽかぽかしたよい匂いだった。
「うむ……ともだちじゃ」
「ましろちゃんみたいな妹が欲しかったわ。ダイキはうるさいばっかりで。
 また今度会った時には、いっぱいお話しましょ?」
「うむ! あかねどのが姉上に? それは……楽しそうじゃ!」
 きっと彼女は優しくて、決してましろのお尻をぶたないだろう……!
「そうでしょうとも」
 なぜだかアカネは自信たっぷりだった。

「んじゃね。生きてりゃまた会う時もあるだろうさ~」
「つつりちゃんも、もっと素直で素敵に笑った顔を見せてくれる?」
「生憎いま受付中なのは友情だけだね」
「だめ?」
「妹だって? まあ……悪くないかな」
「ふふ、今日は二人も妹が増えました」
「ふふん。アカネ姉さんや、また会おうぜ」


アヤメ,つつりは見た目20超えてなかったでしたっけ?
語り手,wa-oh?
アヤメ,本体は、ましろが1、つつりが2、アヤメが50ですね。
つつり,ましろちゃん年下だったかー
ましろ,そう。生まれたばっかり
語り手,見た目だけなら、アカネさんより背ぇ高いかもですね。それに抱き着いてキスをしてくれるアカネさん
つつり,本体は最年少だけどね、外見は結構うえなんよ
    だから態度がでかい
語り手,アカネさんはお姉ちゃん気質なので……
    だから内面の年の差を見抜いた!なぜならお姉ちゃんだから!はいQED


「……ちぇ」
 ダイキはまるでカエルが潰れるような声で、一言だけ呟いた。
 つつりがそれを、アカネから見えない角度で肘うちする。ましろも背中をばしばしと叩いて、押す。
「うっ。な、なんだよ……」
 じっと睨んでくる、つつりたちの無言の言葉に負けて、ダイキは一歩、前に踏み出した。
「……アカネ。お、俺さ……」
 けれど、アカネはにっこり微笑んで、それからもう一度、少年と視線を合わせた。
 ……それからすぐに、顔と顔が離れた。
 頬を押さえて、真っ赤になって混乱するダイキに、彼女はわずかに寂しそうに笑いかけてから、ひらりと列車に飛び乗った。
「――それじゃあね! みんな! また会いましょうね~!!」

「――ばいばいなのじゃ~!」
 重たげな列車はだんだんと速度を上げていき、あっという間に見えなくなった。
 それに乗って、アカネはいつまでもいつまでも、手を振っていた。


「……う、ううう……」
「あっ……だ、ダイキ、おぬし……」
 そうして列車が走り出して、駅にはすぐにまた沈黙が覆いかぶさった。窓から冬風が吹き込んだように、お祭りが終わったあとのように、プラットホームにはどうしようもない寂寥だけが残されていた。
「これ、泣くでない……。あぅぅ……ど、どうすれば……」
 とうとう、その静けさに耐え切れなくなったように、ダイキがその場でうずくまって、ひとり嗚咽をもらした。ましろは慌てておろおろと、その背を擦ったりしてやったが、一向に泣き止む気配もなかった。
 その時、二人の後ろから、ふわりと羽毛があたった。
「なぁ、ダイキ。よくがんばったなぁ」
「う、ぅるぜっ、ぜぇよ……!」
「男の子ってのは、家族が死んだ時ぐらいしか、泣いちゃいけないもんなんだ。
 ……でもよ、今はあたしが、翼で隠してやれるから。思う存分、泣いてもいいだぜ……」
「おどご、男っで…つつりは女じゃねえかよ……う、うう……」
 まるで、その言葉によって、心の抑えが効かなくなったみたいに、やがて少年は大粒の涙をいくつも零し始めた。
「……気が済むだけな」

 そう言いながらも、やがて、つつりはまるで、お蕎麦の薬味のネギがすごくしなしなだったみたいな、なんとも微妙な表情を浮かべた。
(……やっべ。まさかここまで泣くなんて)
(……つつりどのぉ!?)



……あなたはもう忘れてしまっただろうか?


 列車の中は少し冷えて寂びれた感じがした。車内はがらがらで、アカネの他に乗客の姿は見えなかった。
 座席は申し訳程度に革張りされていたが、古びてあちこち擦り切れていたし、ごつごつとしていて座り心地も悪かった。照明の黄ばんだ裸電球は薄暗くて、いかにも頼りない。内装の木目の飴色は、優しくもどこか物悲しかった。
「さて……うう。これじゃあ眠れないかも……」
 アカネの手荷物と、ひと際丁寧に置かれた色とりどりの花束。
 その中の一本。見慣れない紫の花が、静かに床に降り立った。
「……私(アヤメ)の花言葉は、メッセンジャー。
 伝えられなかったことを、伝えにきたわ」
 囁く声音は人のものではなかった。
 驚いて振り向いたアカネの前に、いつの間にか、頭に葉っぱを乗せた少女がウィンクを投げてくる。
 そいつは座席の花束から、白い花を一本抜き出すと、おまじないでもするかのように、ふぅ……と息を吹きかけて、ぱっと手放す。床に落ちた花は、まるで水の上のようにゆらゆらとゆらめいた。
 次の瞬間、列車の中は、辺り一面の真っ白な花畑になった。
 その光景は、山の頂上の雪景色そっくりだった。
「私はちょっとした変化。名前はアヤメです」
「わわっ! な、なにごと……!?」
「……これはスノードロップ(雪の雫)。花言葉は、希望と慰め。たとえ、別れがつらくても、くじけちゃいけないわ」
「なっ……! 何を……!」アカネは赤くなった目を慌てて擦った。
「この白い狐花は……とある土地神の山で咲いた、とある気持ちの結晶で、少し毒のある……そんな花。
 誰からのものなのか、わかるかしら? ……いいえ。覚えている? “彼のことを”」

「えっ……それは。だって……ずっと、夢みたいに思ってた……」
「夢はたやすく現実となるものよ」
「ずっとずっと……。今よりずっと昔の、小さい頃で……。
 寂しそうで、すごく物知りで、迷子の私を送ってくれてる間、小さい私の不安がまぎれるように、怖くないように、色んなことを話してくれて……」
 アカネは、ぼんやりと手のひらに視線を落とした。思い出の中で、結局、“彼”は繋いでくれなかった、手に。
「ほんとうだった……のね……? 私の、夢じゃなかったんだ」
「白の狐花の花言葉は、“また会う日を楽しみに”。でも、それだけじゃない」

 想うのはあなた一人。

「えっ……!」
「ふふふ。これで、伝えることは伝えたから。それじゃあ私たちも、“また会う日を楽しみに”ね?」
 そうしてアカネが目を凝らした瞬間、その少女の姿は、暗闇に溶けるようにして、見えなくなった。


つつり,ついでに佐渡行きも済ませようとするアヤメさん
アヤメ,じつは、旅の足にする気もあったという。
語り手,あー!なるほどな? こりゃうまい

つつり,ダイキ君には限界まで我慢してたけど、列車が見えなくなったあたりで、やっぱり我慢できなくてないてもらいます
語り手,おk(急遽そのシーンを作った)
つつり,ほら泣くぞすぐ泣くぞ(ブリッツ選手的発言
語り手,親父ぃ!


語り手,では、そんな感じで……
    小さな小さな町のはずれ、小さな小さな駅の中で……
   ちょっとふしぎで、ちょっとあたたかくて、そして少しだけ寂しい物語が、こうして幕を下ろしました
    それはきっと、なんでもないようなお話で。でもきっと、当人たちにとっては、かけがえのないとても大切な思い出です……


●後日談その①
 あの夜から、また幾日か経った後の、ある日の昼下がり。
 大変だったあの大雪から、またしばらくして。
 しんとした冷たさと、痛いぐらいに透き通った、冬にしかない清々しい晴れ方。そんな晴天が続き、町の人々は窓を大きく開け放って新鮮な空気を胸いっぱいに吸っていた。
 その町の上空、大空の色に溶け込むようにして、小さなシマエナガの飛ぶ姿があった。
 シマエナガの変化の、つつりだった。
 彼女はゆったりと風に乗りながら、いささか気の早い、陽気な春の歌を口ずさんで飛んでいた。
 時々飛ぶ高さを落とし、まばらな民家の一つ一つを物色するように見下ろす。やがて、丁度二階の窓が開け放たれた家を見つけると、これ幸いとばかりに翼を羽ばたかせた。

 窓の隙間は手のひら一つ分ぐらいしかなかったが、つつりは苦も無く室内に滑り込んだ。
 そのまま翼を翻し、くるりと一回転して人の姿になる。背中の巨大な一対の翼は、目一杯広げれば天井や床を悠々擦りそうだった。そのままもう一度、巧みに風を操り、全身をバネのようにしならせて、ふわりとベッドの上に落ち着いた。
 部屋は、世界地図や地球儀、ロボットのプラモデル、脱ぎ散らかした靴下、望遠鏡や虫眼鏡、本やマンガなどが散乱した、まるで男の子のポケットの中をひっくり返したような部屋だった。一角の勉強机には、意外に整頓された勉強道具やプリントが置かれている。本棚には様々なマンガや図鑑が並べられていたが、いくつかの種類の図鑑は抜き出されて机の上にある。主に、鳥や狐や狸のもののようだった。乱暴な字の走り書きがされた付箋が貼られていた。机の下には習字道具や絵の具が重ねられている。彫刻刀と、削りかけの木片なんかもごちゃごちゃと一緒にされている。
 つつりはさっそく他人の居場所で体を落ち着けて、ベッドの上に恐ろしくだらしない格好で寝そべりながら、それらをぼんやりと見回していた。
(……あの。いけ好かないフクロウがいたり、羽の引っかかるぼろ小屋よっか、ここの方がずっと落ち着くな……)
 そんなことを考えていた。
 両腕を重ねた上にあごを乗せる。このまま目を閉じていれば気持ちよく眠れそうだと思った。

 ……先日、話好きでせっかちで調子が良くて、気が合う悪友のコマドリに、この度の働きの一部始終を語ったことを思い出す。
「チュリー、チュルチュル、ホイピーホイピーチュリー、チュリリリ、チュリチュリ」
「じゅり、じゅりり」
「んまー! それじゃそれじゃつつりちゃん。その土地神さまは冬なのにラヴだったのね!」
「そうだねぇ。パヨカカムイってば、素直じゃあないったらすごかったねえ」
「まあまあつつりちゃんつつりちゃん。それでそれで? 一体全体どーなったのよ、その土地神さま!」
「おっと急かさないでおくれよ。これだからコマドリはいけねえ。慌てる鳥はエサを食いッ逸れるってぇ言うだろう」
「つつりちゃんがのんびり屋さんだからいけないのよ。 ……あっ、こらちょっと、寝ちゃダメよっ」

 ついうっかり、脚色して大袈裟に、色々と話してしまったが、もしかして本当に祟られてしまわないだろうか。
 まあでも、あのコマドリにかかればあっという間に、一から十まで尾ひれはひれ、あることないこと元の話から丸きり変わってしまうのだから、案外逆に、許されてるのかもしれない……。
 つつりはうつ伏せに寝そべったまま、目を閉じてぼんやりと考えていた。
 ……あの時の、タヌキの旅人は果たして、もう目的地に着いた頃だろうか……?
 ……やたらと親しみを抱いたあの女性は、新天地でもうまくやっていけそうだ……。
 そんなことを。

(……悪友のコマドリに、ついつい、パヨカカムイの話をおしゃべりしちまった……。
 隣町に伝わった噂は、神と人の淡い恋物語か……それとも、拗らせた土地神の笑い話か……サテ、どっちだろうな……?)
(今度は……。
 ましろの、隠れ里に行くのも……面白そうだ。
 あいつに似て……変わった狐が、いっぱい……いる……かもな……)

 ぽかぽかとした季節外れに暖かい陽気は、つつりの瞼をだんだんと重くさせる。あいにくここには、話している最中でいきなり寝息を立てる彼女のマイペースさ加減を止めるコマドリもいない。ポケットから好物のポン菓子の袋を力なく取り出すが、その手は道半ばで力尽きて、ぽとりとベッドの上に落ちた。
 じゅり、じゅり……。あっという間に、安らかな寝息が聞こえ始める。
 つつりの平和な時間は、しばらく続くものだと思われた。ごろりと寝返りをうって、そのまま本格的に眠りに入ろうとする。
 するとそこで、
「ん、んな! ――おい!」
 耳元で大きな声を出すものがいた。
 つつりが億劫そうにパチリと目を開けると、そこにはこの部屋の主が、心底驚いたような顔で立っていた。
「ん……なんだよ」
「なんだよ……じゃ、ねえよ! そりゃこっちのセリフだって!」
 むくりと体を起こして目をこするつつりに、ダイキは妙に怒った様子で詰め寄ってくる。なんだか顔がやや赤くなっていた。
「も、もうちょっと、カッコとか考えろよ……! それで寒くないのかよ……」
「ん~……? や、今日は暖かいじゃん。変化解いて、もう一度化けるのも二度手間だし。それに寝る時にもこもこしてるのって、ニガテでさぁ。巣が色々敷いてるのは全然いいんだけどね」
「そもそもお前の巣でもなんでもないからな!」
 少年は不思議と横を向いて、つつりを正面から見ないようにしている。そんな彼に、つつりは妙に偉そうだ。
「たく……。んで? 結局、なにしに来たんだよ?」
「ううん。……お誘い?」
 つつりはそう言って、服の隙間に手を突っ込んでぼりぼり掻くのと、大口であくびをするのと、少年にウィンクするのを、三つ同時にやろうとした。
 そのあとすぐ、彼女は無表情な少年によってそのままベッドから叩き落された。

●後日談その②
「アカネどの、もう、着いたかのぅ……」
「さあなァ」
「アヤメどのも、今はどのあたりじゃろうか」
「さあてネ」
 キタキツネとシマエナガがのんきな調子で話している。
 見事頑固で厄介者の土地神を改心させた変化たちを、例の老人は、相変わらずの粗末なぼろ小屋で歓迎してくれた。つつりによって襟首つかまれ引っ張ってこられたダイキ少年も一緒だ。
「もう、着いたと思うぜ。ほら、この辺だから……」
 ダイキが持参した学校の教科書をばさりと広げる。どれどれ……? どこなのじゃー? ましろがとことこと近づいてきて、地図を覗き込んだ。
 熱心に噛り付いているようなので、しばらくそのまま好きに見せてやることにした。
 ダイキは頭の後ろで腕を組んで床に寝っ転がった。囲炉裏ではつつりが鍋をかき回している。
 小屋の天井を眺めていると、大きなあくびが零れた。

 ……ぱたり。
 突然、視界が真っ暗になる。それはふわふわで、ふさふさしていて、膨らんだ枕みたいな塊だった。
 キタキツネの尻尾だ。
 手で払いのけても、すぐにまた首筋をくすぐってくる。
 ぱた、ぱた。手で払う。ぱたぱた。払う。ぼふん。
 ぼふん。ぼふぼふ。ぼふぼふぼふぼふ……。
「……っくしゅん! ……だァー!! もう、なんだよ!」
「くふふふ」悪戯っ子の笑い声だ。
 ましろは寝っ転がった姿勢で、両手にあごを乗せながら、顔中をまん丸にして笑っていた。
「こんにゃろ……こうしてやるからな!」
「ぬわ~! なにをするんじゃ!」
 ダイキはするすると逃げ出すもふもふの尻尾をふん捕まえて、頭の下で枕にしてしまった。
「こらぁ~! し、しれ者め!!」
「へへん、もうムダだかんな」
 哀れにも、手頃な枕にされてしまった尻尾が、ましろの怒号と共にぶわわわっと逆立って、一気に何倍にも膨らんだ。
「はーなーせー! はなすのじゃー!!」
「あーあー。知らね知らね」

「お前らってほんと仲いいよな~。あ、爺さん、それもこっち運んでくれな」
「すまぬのぉ」
 つつりは湯気の立つお椀を準備している。中身はあつあつのおうどんで、上にはあぶらあげもちゃんと乗っかっている。
 あぶらあげに気づいた途端、ましろは一言、
“きゅぅ――”
 と鳴いて、ぼふんという音といっしょに、気づけば元のキツネの姿に戻っていた。
 ちょこんとすまし顔で座り込み、催促するように前足をちょいちょいと泳がせている。じれったそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。はよう、つつりどの。はよう、はよう!
 痛い目を見たのはダイキで、大きいもの(狐の変化の、何本もの尻尾)が瞬時に小さいもの(動物の方のすらりとした尻尾)にかわって抜け出したものだから、
「――あだっ!!」
 がこんと頭を床に打ち付ける羽目になっていた。
「……っってえぇぇぇ……!!」

「アハハ。いい音したじゃんか。大丈夫かい、今より低能になってやしないかな」
「うおお……!!」
 ダイキは呻きながら床で悶絶する羽目になった。左右に転がる少年を、白い狐がぴょんぴょん追いかけるように飛び跳ねては、雪原で獲物を獲るように、たしたしと肉球で追い打ちをかけた。
「ま……ましろ~! おまえ~!!」
「くふふ~、あほうじゃ、あほうがいるのじゃ~」
 ダイキが叫んで飛び起きると、鬼ごっこの鬼が一転、気炎を吐きながら白狐を追いかけ始めた。風車みたいに振り回される両の手から、ましろは風に舞う花びらのようにするするとすり抜けていく。
 それを見つめて、小屋の老人はにこにことしていた。
「おいじーさん、止めなくていいのかよ。ぼろ小屋が壊れっちまうぜ」
「ほっほっほ……」
 いつの間にか、好々爺然として笑う老人の隣に、大きな蛙がうずくまっている。不気味で、恐ろしげで、容顔醜い貧賤の相。一目見て、嫌われ嘲笑われるような、そんなやつだった。
 その蛙が、ぎょろりとした目で、つつりたちを睨んで来る。
「げげっ……」嫌そうにつつりが呻いた。
 それがいかにも不服そうに、蛙は大きく膨らんで、ゲコッと短く一声鳴いた。


ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。

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コメント一覧

イカ銀行
3. イカ銀行
2020/05/10 19:40
最終幕も熱いけれど実は最初のシーンも割と好きなんだ。
https://drive.google.com/file/d/1EAOF__KEZISEqSZJH4o7XAA0CsLrBA6X/
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cod fish
2. cod fish
2020/05/09 13:31
あまりにも最高なリプレイ、ありがとうございます!
質も量も素晴らしい。何週でも読んでしまいますよ。
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イカ銀行
1. イカ銀行
2020/05/09 13:16
予想以上の量のありそうな加筆で読むのが大変だ。💐
リプレイ毎秒投稿して♡
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