温森おかゆ(まんじゅう)さんの日記 「理想的な人であるために」

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温森おかゆ(まんじゅう)
温森おかゆ(まんじゅう)日記
2023/03/19 11:09[web全体で公開]
😶 理想的な人であるために
ダブルクロスのサプリメント「レネゲイドウォー」にて、経験点と見た目と色々パワーアップして帰ってきた「深緑の使徒(RW)」さんの話をしよう。以前も日記に書いたことがあるが、相変わらず完全に支援に全振りした構成と、満を持して手に入れた5体全員に支援をばらまける《未知なる陣形》ゲットとフルスクラッチの関係で《コンセントレイト》からようやく離れ、いろいろやばさが増したヒーロー深緑の使徒さん。
サンプルキャラはそれぞれ一つずつイージーエフェクトをもっているのだが、深緑の使徒さんはというと。
オルクスの《成長促進》やソラリスの《細菌環境操作》か《元気の水》で癒しパゥワーか……と、おもいきや。
なんと《竹馬の友》である。まさかのエキストラ洗脳からの強引に信頼をねじ込む感じのエフェクトである。
他のサンプルキャラクターに比べていつも明らかにバチクソセリフが短い深緑の使徒さんが、あんまり喋らない口下手さんでも問題なく信頼される理由としての《竹馬の友》というわけなのだろうか。それでも《竹馬の友》はどちらかというとエネミー向けイージーエフェクトなだけに、あまりのギャップに気になってしまう。人の良さがにじみ出ているのだろうか。そう言う意味の《竹馬の友》なのだろうか。それともこんな顔して実は多少強引に相手に言うことを聞かせるちょっと怖い面もあるということだろうか。どちらにしても「良い」という感想しか出てこない。
というかレネゲイドウォーで満を持して帰ってきたのに、セリフがさらに短くなっていよいよ6文字なの滅茶苦茶謙虚でいいですね。もしかして可愛い人ですか?もはや語彙力無くして単語でしか会話していないのである。助詞が一つも存在していないせいで口下手どころか言語能力に不安が出てくるレベルである。もはやそれは片言。エケチェンみたいで可愛い。
それから相変わらず眉間のシワがとれていない所やテキストの相変わらずの「性質:善」感がとってもよろしい。未だに独力で戦闘力を持たないというのにちゃっかり顔を見せて活動しているヒーローってそれ危ないにもほどがあるのでは?ぐらいの心配をしてしまうところもいじらしくて大変よろしい。顔を見せている理由も自分のためではなく基本ルルブでの行動原理と同じく他人のためなところも本当に好き。同じくサンプルキャラクターの切り札くんやら紅さんに守られてしまってほしい。明らかにビジュアル年上なのに戦闘面では自分は補助に回って年下に守られざるを得ない深緑の使徒さんは設定面とデータ面からして最高である。
護られてしまってほしい。欲しい。

閑話休題。

このような言葉がある。
「君子に九思(きゅうし)あり。
 見るは明を思い、聴くは聡(そう)を思い、色は温を思い、貌(かたち)は恭を思い、言は忠を思い、
 事は敬を思い、疑わしきは問うを思い、怒(いかり)には難を思い、得るを見ては義を思う」
ここでいう君子とは、単純に立場の偉い人という意味でもあるが、こと「論語」においては、「人格も学問も優れた理想的な人間」という意味で通じている場合が多い。

つまり

「理想的な人間は常に九のことを心掛けている。
 物事を見るときは本質を見るようにし、
 人の話を聞くときは、その真意を聞き取り理解するようにし、
 人と接する時には、表情と態度は穏やかなものであり、
 姿勢と振る舞いは常に謙虚であり、
 その言葉はまっすぐで嘘がなく、誠実であり、
 事をするには慎重かつ尊敬をもってあたり、
 疑わしいことには真相をしっかりと確かめ、
 怒りがある時には、怒りを爆発させた後の面倒を考えて、
 自分の利益になると思ったことに関しては、道義をわきまえているかしっかりと考慮すること」

と、こういう意味だそうだ。
以前にも言ったというか、これはこの先もオンセンにいる限り延々と言っていくつもりであるし自分に自戒を繰り返していくつもりなのだが、「TRPGとはコミュニケーションのゲームである」以上、人として理想的な在り方は、TRPGに置いても重要なのではないだろうか。
今すぐ理想の人間になれと無理やりを強いるつもりはない。そんなことは不可能である。私だって偉そうに紹介しているが、理想的な人間と自分などは程遠いと自覚している。
矛盾しているようだが、「理想的な人間」は「自分のことを理想的な人間」と思ってはいけないのである。
「完璧な人間」、「理想的な人間」などというものは大体の場合幻想にほぼ近しいものである。理想や完璧は人により差異がある。いかに自分にとって理想的な人間であろうとも、それが他者の理想を満たせるものである保証はどこにもない。
「論語」はそうした戒めの隣に、それでも「信頼してもらえるような人間性をもつ」ための心得を教えている。

自覚しているからこそ、常に上のような言葉を心に刻んで生きているし、ここで人と関り、ゲームをする上では、「論語」の教えを第一に行動するように心がけている。
なるべくなら「理想的な人間(君子)」に近い方が、きっと関わっていて安心してもらえるはずだし、セッションだって楽しいものになる……そう信じている。理想はまだまだ遠いが…………ともあれ。
誰かが涙を流さない。できれば全員が楽しい卓になれば、それがただTRPGというゲームの理想だと思っている。
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