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😶 氷の姫君 ちょっとあとのこと (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼) 札幌の街では、ゴールデン・ウィークにやっと桜が咲く。 全国区のテレビやコンビニエンスストアの看板なんかはもうとっくに夏を見据えた展開をしていて、毎年この時期は春に置き去りにされたような気分になる。花見の場所取りの仕事を請け負うことが多いために桜こそ見る機会はあったが、そんな一人ぼっちの仕事が楽しいわけもなく、むしろ周囲の浮かれた雰囲気と自分を比べてしまって沈んだ気分になるのが常だった。 けれど今年の僕は、妙に浮ついた気分でいた。長い冬の終わりを前に、身体の中の細胞の奥にある、人間ではない部分が騒いでいるような。それでいて穏やかな春の風の中に含まれた眠り薬に、うっかりと身を委ねてしまいたくなるような。そんな気分だ。今年の冬に街を襲った寒波が、特別強烈だったせいだろうか。いや、そんな理由じゃないのは分かりきっている。だって……。 「──お兄ちゃん、ねえ、お兄ちゃん!」 と、病室の窓の外の街を覆う桜を眺めながらそんなことを考えていた僕の意識を、ベッドに横たわった妹──千歳の声が現実に引き戻した。膝の上の聖書を閉じ、僕は彼女に顔を向ける。 「ああ、悪い。どうかしたか?」 「どうしたもこうしたも、ずっとぼおっとしてるじゃない。お見舞いに来てくれても、それじゃ張り合いないんですけど。……ほら、神父さまから手紙来てたよ」 その言葉に僕は思わず眉をあげ、千歳の手元の白い便箋と、そこに書かれたかっちりとした文字に目を向け、やれやれと首を振った。 「……どこまでバラした?」 「こないだ電話でぜーんぶ話したわよ。私の病気のことだけで精いっぱいな感じだったのに、お兄ちゃんに娘ができたって聞いたときの驚きようときたら、そのままひっくり返って死んじゃうかと思ったんだから」 「語弊のある言い方をするんじゃない」 「だって、養子とはいえ、お兄ちゃんがその歳でパパになって、私は十五歳でおばさんだよ? 氷愛ちゃんかわいいからいいけどさ。……神父様、お兄ちゃんとも話したがってたよ」 「合わせる顔がない」 目を合わせずにそう応えて肩をすくめる僕に、千歳は特大のため息をついた。 冬の事件で千歳が感染した、人を人でなくする恐ろしい病気は未だ治ってはいない。けれど進行を抑える薬の量産体制はすっかり整って、完治させるための研究も着実に進んでいるようだ。研究チームの中心には心強いことに久々知さんの名前もあるらしく、おかげで僕も、病床の千歳に自信を持ってきっと治ると言うことができていた。 「ところで」ふっと千歳が便箋から顔を上げて言う。 「今日はお花見なんでしょ? 早くいかないと」 「そうだけど、ほんとにいいのか、千歳? 僕だけ行っても……」 「いいに決まってるでしょ。お兄ちゃん、私より全然頼りないんだから、良くしてくれる人のことは大切にしないと」 彼女がそう言い終わるのと同時に、病室の外で、おにーちゃん、おねーちゃんと呼ぶ、幼い少女の声がした。窓から穏やかな春風が吹き込み、千歳の頬にかかった長い髪を揺らす。 「……氷愛だ。それじゃ、今日は行くけど、また来るからさ」 「うん。あ、お兄ちゃん」 席を立った僕を引き留め、千歳はにこりと笑った。 「助けてくれて、ありがとね。皆にも伝えて。本当に、ありがとうって」 満面の笑みを浮かべる彼女に、僕も頬笑みを返した。 ***** 花見の名所はひどく騒がしかった。むせかえるようなももいろの連なりのなかを歩く僕の手を、急がないと逃げられてしまうとでも言いたげに氷愛が引く。雪をのっけたまま春を迎えてしまったような白い髪と赤い目に、周囲からは奇異の視線が向けられるが、今の彼女はそんなことなど気にしていないようだった。 先にこちらを見つけて、鮫島さんが大きく手をふって声をかけてくる。最近は家族が増えた僕の為に、実入りの良い、それでいて手を汚さなくていい仕事を優先的に回してくれる。ありがたい限りだ。 氷愛の声に、女子高生の集団に取りかこまれていた颯太さんも飛んでくる。まあ……いい人なのは確かだし、あの事件の後は僕もいっそう世話になっているけれど、まだ氷愛を彼の家に泊まりに行かせる許可は出していない。 久々知さんは草に留まった蝶を熱心に眺めている様子だ。こんな日にまで生物オタクを発揮しなくてもとは思うが、彼女のそういう部分に、あの日の僕らも、千歳も助けられたのだ。これからは好奇心から妙な事件に巻き込まれないことを祈るばかりだ。 氷愛の後ろで彼らを眺める僕に、鮫島さんが花見弁当を手に声をかけてくる。僕も笑みを浮かべて、皆の輪に入っていた。 神父様、僕、この街でなんとかやっていけそうです。 そう呟く僕の頬を、やけに冷たい、それでいて穏やかな風が撫ぜる。誰かに見られているような感覚に空を見上げ、僕は突き抜けるような青空に、小さく手を振った。 おわり 以上となります。先日参加させていただきました「氷の姫君」(KP:Adam様)のマダラのPC、佐久間深雪の後日譚のようなあれそれです。妹を助けたいと頑張っててたら、家族が一人増えてたよ。 ハンドアウトをもとにキャラを作るのは初めてでした。そして今回担当したHOはキャラの近しい人が失踪するというもの。失踪する人物に妹を設定し、一週間あれこれ考えていたので、妹絡みのシーンは気持ちが入っちゃいましたし、他のPLさん方がメインの探索目的が他にいる中でも彼女のことを気にかけてプレイしてくださっているのがとてもうれしかったです。千歳ちゃんからのありがとうも伝えたくてコレを書いたところもあります。 あとはNPCの氷愛ちゃんがとにかくかわいかった! 佐久間はぶっきらぼうなひねくれキャラだったんですが、自分とも妹とも重なるような境遇の彼女には優しくならざるを得なかったです。それにかわいいんだもの。だってかわいいんだもの。 だから氷愛ちゃんだけに心を開く感じにしようかなと思ってたら、皆さんのPCもとても素敵なロールプレイで佐久間に良くしてくれるので、彼は当初の想定よりもなんか、大分人と話せるやつになってました。 そうして最後は大団円のハッピーエンド、自由度が高いシティシナリオで、ちゃんと必要な情報を得ることができているのか不安なところだったので、本当に良かった……! 個人的な心残りは、振るわないダイス目も相まって探索・戦闘ともにあんまり貢献できなかったところと、あとはRPがぜんぜん上手いことできなかったところですね。皆さまをお手本に精進していきたいところです。 それではこのあたりで。読んでくれた方々、同卓させていただいたもなか様、ココ様。ラチャ様、そしてKPのAdam様、本当にありがとうございました!
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