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🤔 選択肢の無い死って重いか?(長文畳) (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼) なんぞ絶対死ぬNPCにPLとして悲しみにくい個人の感想です。 NPCが死ぬとか、PCがロストするとか。 確かに重い。思い入れがあるとより一層。 しかし、本当に心に来る重さとは『後悔』なのではないかと個人的に思う。 例えばクトゥルフでシナリオ中絶対に会う神話生物で発狂するのと、情報不足で避けきれなかった神話生物で発狂するのではどちらが悔いが残るかと言われれば個人的には後者。 仲の良いNPCと自分、どちらかしか生き残れない。 これ本当に『重い』か? この状況は選択肢がある。NPCのためにヒロイックに死ぬという選択ができる。 罰を受けるというのはある種救済で、救済を選べる状況が重いとは思えない。 自分が助かるためにNPCを手に掛ける場合もだ。 責任の所在を追えば、例えばそんな状況を作り出した黒幕的な存在に行き着く。 誰かを恨めるというのはある意味救いだ。 ならばこそ、同じNPCを死なせる状況なら、自分のミスでNPCを手に掛ける状況を作らせた上で、NPCを始末し無ければより大きな被害が発生するとかのほうが『重く』ないか? お前が加害者だ。責任はお前にある。 それを理解させるシナリオの方が重くないか? 命は軽くない。質量としては大きい。 だがその質量はシチュエーションという重力があって初めて意味がある。 『死なせなければいけなかった』と『死なせなければいけなくなった』では始末した命の価値が変わる。 必要な犠牲と必要にしてしまった犠牲では意味が違う。 前者はころされたのであって、後者はころしたのだから。 ころすくらいなら死ぬ。そんな英雄的な行動が許される状況はまだ優しい。 お前のミスでころしてお前は英雄になれ。 その方が『重い』だろうと個人的には思う。 バッドエンドしか無いシナリオのバッドエンドよりもハッピーエンドがあったシナリオのバッドエンドの方が悲劇に価値がある。 ああしていればこうしていれば、過去にあったはずの無数の選択肢が死に質量以上の重みをつけてくれる。 選択肢のない死は長々しい葬式を見ているだけ。 悲しいが、結果はわかりきっている。 現実で言えば選択肢の無い死は老いや不治の病だ。いつか誰にでも平等に来る。 親(ここでは一般的に子供を充分に愛しているものとする)の立場で考えて見た時、生まれつきの病気で亡くなる子供と、自分の起こした事故で死なせてしまった子供のどちらが『重い』かと言えば、確実に後者だろう。 法律でもそうだ。 選択肢がない状況で、例えその行動が自分の命以外を助けないものであったとしても本当に選択肢が無ければサツ人は適用されない。 ただ、選択肢があれば。 致命的なミスがあれば過失致死は成立する。 悲しいシナリオと重いシナリオは違う。 葬式は悲しいが葬式で後悔はしない。 大事なのは理由。何故死ななければいけなかったのか。 なお、ここでいう選択肢に力不足は含まない。 実包入りの銃持ってる相手に素手で勝てば救えたは選択肢として成立していない。 その場合だったら実は銃は故障していて、挑めば勝てたとか(それにしたってそれを事前に知る手段がなければ後付け感の酷い結果論だが)そういう理由付けがなければ選択肢にならない。 50%の共倒れか100%のどちらかの未来ならともかく、99%の共倒れか100%のどちらかの未来で99%の共倒れ選ぶ奴はそもそもそういう無理心中の希望だろう。さほど相手に助かってほしいと思ってないとしか言いようがない。 どうか『重い』シナリオを書く時、少しでいいので考えてみてほしい。 その死、本当に『重い』か? その死に『後悔』はあるか? 深夜テンションの戯言でした。 まあ、クトゥルフとかなら理不尽な死はそれはそれで世界観に合ってるから『重み』も選択肢も無い死も一概に否定できないだろと言われたらそれはそう。
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