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😶 花葬列車改変 (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)君の話をしよう。 図書館で動物図鑑を重ねて隠れるように模写をしていた時、気付いたら君が隣にいた。僕と話をしたいと言い、用事があると嘘を付いてその場から離れたように思う。高校一年生の春だ。 暑くなってきた頃、また会った。僕はいつものように誰にも馴染めずに空き教室で絵を描いていた。そしたら廊下から蝶が飛んできて、ダンボールを抱えた君がいた。この教室に入ってきて欲しくなくて僕は、荷物を運ぶのを手伝うと提案した。君は嬉しそうだった。 それから何週間に一度、君が話しかけてきた。僕は最初こそ警戒していたしすごく嫌だったけど、そのうち心のどこかで待つようになった。 文化祭。僕のクラスは出し物にダンスを選んだ。ばかなんじゃないか。そして更に最悪にも、ダンスを踊る枠に入れられた。ダンスを毎日放課後練習する、地獄みたいな毎日が始まった。今でも夢に見る。音楽に合わせてユラユラしてるでくのぼうの自分。最悪な気分になって、休憩時間に飲み物を買って呆然としてたら、その時にも来た。なんで来るんだ嫌だと思う前に、嬉しいと思っていた。 思えばそれが全ての間違いだった。他の人と同じように、僕は君を拒絶すべきだった。 ある日、下駄箱に手紙が入っていた。クリスマス前だったと思う、僕のことを何も知らない人が書いたモノだった。一方的に重たい感傷を押し付けられる気持ち悪さって、ないよ。捨てたくとも捨てることも出来ない、悍ましいそれを、指で抓んで僕は思案した。というか、困窮していた。困窮しているとまた君が来た。君は、その話を聞いて、校庭の木の下に埋めようと言った。僕はそれを良い提案だと思い、二人でスコップを握って埋葬した。最初から何も無かったかのように、消えてしまうように祈った。あの場所を掘り返せば、まだ手紙はあるんだろうか。 そのあと、年賀状を書くからと言われて、住所を渡された。字が綺麗で、紙を差し出す指も細くて驚いたことを覚えている。 僕はその時、手持ちの物が何も無かったので翌日、手紙に書いて住所を君に渡して、その日から年賀状を書いた。書いても書いてもコレと思えるものが書けなくて、結局、あけましておめでとうございます。という言葉と、小さいウサギを描いた。 今年も宜しくなんてくだりを年賀状に書くのは初めてだった。今年も宜しくという一言を書くのは、とても勇気がいるんだ。結局、投函するのにすごく時間がかかった。 新年、君から年賀状が来た。沢山の年賀状に紛れていたけれどひと目でわかった。隠れるようにして、それを読んだ。 冬休みが明けて君は、その年の干支のように走り寄ると、年賀状と同じような言葉を告げた。だから僕も同じように返した。その後に君は、正月に家族と過ごしたことを話した。とても幸せそうに。僕はその話を聞きながら、羨ましいなと思った。心底、羨ましいなと。それは遠くに瞬く、北星を見るような気持ちだった。生涯、手に届くことは無く、僕は宇宙飛行士ではない。 母のことをどう思うかと幼い頃からよく尋ねられた。大好きです、尊敬していますと僕はよく返した。その言葉を言う僕を人は嬉しそうに信じた。僕が演技で40年食べている人間の子供だとは微塵も考えてない。嫌いなわけじゃない。でも、母は今でも呪いのままだ。 高校を卒業する前に家から出たくて4コマ漫画を出版社に持ち込んだ。今思えばそれも間違いだった。母の影響が漫画の世界にも及ぶことを想像もしていなかった僕は浅はかであまりにも愚鈍だった。ばかな子どもの扱いなんて賢い彼らには簡単で、僕は気付くと後戻り出来ない場所まで流された。濁流に飲まれるようだった。毎日が溺死寸前だった。泳ぎも息継ぎも元々下手なのに。普通に生きるだけでも時々、呼吸の仕方を忘れて不安になるのに。 だから時々、君を思い出した。君は溺れる者の掴む藁だった。僕は何度も穂を握り、その形を確かめるだけで良かった。そのうちちゃんと麻痺しきって死ねるだろうと思った。その矢先、バッタリと出会った。 あれを邂逅と言わずして何を邂逅と言うだろうか。流れ星を見たような、その小さな星屑が甘い飴玉にでもなって手のひらに落ちてきたかのような、そんな錯覚を覚えた。 あの時、嬉しいと思った。 それも全部間違いだ。 一年くらい経った頃だろうか。僕は事故にあった。奇妙な事故で、僕はあの日、悪魔か神の実験体だった。ニヤニヤと笑いながら駒を扱うように、賽を振るように遊んでいる誰かの存在をいつも感じていたが、それが色濃く現実になって、僕は遂に頭がおかしくなった。 アルジャーノン。ハツカネズミ。白くて意外と大きくて柔らかくて暖かくて切り裂くと酸っぱい匂いとともにハラワタが出る。心臓が瞬いてる。 最初は完全健忘、次に幼児退行、躁鬱、幻聴、幻覚。アレを心の風邪だとか、傷だという人がいる。冗談じゃない。なってみろ。アレが、風邪や傷であってたまるか。 頭の壊れた自暴自棄の僕を、それでも君は見舞いに来た。白い人にかごめかごめをされる、母も親類も誰も来ない場所で、友人関係だという言葉も虚しく訝しがられる寂しい白い部屋に来てくれた。足繁く通い、本を読み、ネコのぬいぐるみで僕をあやしながら、文字を教えてくれた。人生をリセットするように。人間をやり直すように。そんなことは出来もしないのに。 僕の根っこには最初から生まれてはいけない土塊のようなものがある。それを養分に新芽を出して成長してしまった。僕は毒素のようなものを吐き出す草木だ。それを、二足歩行の動物の絵を描いたり、寓話のような物語にして誤魔化していたけれども、誤魔化すのにも限界だった。 悪魔の声は聞こえ、神の慈悲を見て、いつの日か君を手にかける為の算段をしていた。計画を上手くやる為に、健康な人をよく観察した。そしてすぐに気付いた。 笑えば良いのだ、笑えば。笑って、にこやかに挨拶をし、身なりを整え、天気の話をしたり、不幸な人を憐れむフリをすれば良い。なんで今までそのことに気付かなかったのだろう。誰も僕を見ていないことは生まれながら知っていたくせに、外箱だけを彩れば良いなんて思いつきもしなかった。母のように振る舞えば健康なんだと思い至るのに、四半世紀もかかってしまった。 もし最初から気付いていたら、演じていたら、君は僕に興味を持つことはなかったろう。君はきっと、救いようの無い人間を、僕のような死ぬべき人間を、見付ける天才だったのだから。 僕は最初からこうすべきだった。そう、全てを無かったことにするのだ。この星に生まれ出るというハズレくじを、周りが大事にしろというから、後生大事にしていたけれど、それは大きな過ちだ。大事にすべきものかどうか、そんな価値があるのか、本当は誰もが知っている。周りで人が死ぬのが嫌で、自分にお鉢が回るのが嫌で、死ぬのが怖くて、見えないフリや聞こえないフリをしているだけだ。でも僕はそのフリをやめる。僕は見て、聞いて、感じる。現実を受け止めてしまえば、やるべきことは分かる。 この電車に君を付き合わせてしまったことを、心から謝りたい。君の人生の時間を奪い、無駄にしたことを懺悔したい。そして、君が僕の体に入り込むかもしれないということに喜びと期待を感じていることを隠したい。君なら大丈夫だと思うんだ。君が君でも、君が僕でも、ハツカネズミでも、一輪の花でも、誰もが君を愛するだろう。僕と違って君は、愛を知る人だ。喪服の似合う、美しい人。 最初から何も無かった。最初から何も。 全部嘘だ。 こんなものはただの物語で、ここにある感情はただの悪魔か神の電気信号だ。僕はこの世に生を受けておらず、これからも生を受けることはないだろう。それが本当で、だからこの物語をここで終えよう。奇しくも今日はエイプリルフールだ。良かった。本当に良かった。 でもひとつだけ。ひとつだけ嘘にしないでも良いだろうか。ひとつだけ、何も無かった僕に認めても良いだろうか。ほんのわずかに愛を頂いたと。そう信じても良いだろうか。君が世界中にばら撒いてこれからも生きるだろう一部を、頂いてしまって構わないだろうか。僕が作った轍は全部消すから。弔いの花だけひとつ。供花をひとつ。一輪とは言わない。花びらを一枚で良い。一枚で良いから。 ごめんそれも嘘だ。全部嘘いつわりだ。やっぱりそうしよう。全部何も無かったことに。初めから何も、無かったことに。だからもう、おやすみなさい。そしてもう、さようなら。
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