プレイを思い出しながらざっくり書いてます。 録音してすらいないので大筋が同じだけのただの小説ですね。脚色ありありですし。 体験版ルールの世界観を読んでること前提って感じです。 剣と魔法がおとぎ話になり、飛行機で爆弾を落とす戦争が当たり前になったころ。 闇の森の中の古い学舎の中に、一匹の巨大な狼がいました。 そのケダモノは、名を「マガミ」と言います。 マガミは神になりたかったケダモノでした。 かつて人々に守護神と崇められ、それでもなお光の主と自分の何が違うのかが判らず、守護した人々は途絶えてなお彼は神について悩み続けていました。 自分とはなんだ、神とはなんだ、俺は神になれたのか、と。 そんなある日、彼は爆発を遠くで聞きつけます。 それは街の方でした。 そういえば、ですが街には聖堂があり、ふとそこに行けば神について何らかの情報が得られるかと思いつきました。 そしてふらっと、頬に傷のある屈強な中年男性の姿の疑似餌で現れたマガミは、破壊し尽くされた街と、穴の開いた聖堂を目撃します。 中にはいると目的地の聖堂は吹っ飛んでいました。 そこでマガミは一人ぼんやりしているスケッチブックを抱えた少年を見つけました。 「おい、廃墟は崩れる時もある。危ないぞ」 自分も入ってきておいてどの口でいうのかですが、マガミは力に自信はあれどあまり賢い方ではありませんでした。 「あ、ありがとうございます……すみません。おじさんは、ここの聖堂の絵見たことありますか?」 「いや、ないな……たぶん」 「そうなんですか……見たかったな……ここの天井画は、「天空の世界」っていって、リュミエールって言うすごい作家が描いた名画だったんです。僕はそれがすごく見たくて遠くから来たんだけど……爆撃のせいですね……僕の街も爆撃でやられて……」 「そうか。……そういえば、闇の森の向こうの夢が流れ着く岸辺にもこの聖堂があったか」 「えっ?」 「闇の森の夢が流れ着く岸辺には、死者の記憶にある物が形として現れる。この聖堂も流れ着いていたはずだ。たしか、程度の話だがな」 「闇の森……っておとぎ話の?そこに行けば……見られるの?」 「見られるだろうな」 「でも闇の森にはケダモノが住んでるんでしょ?おじさんどうやってそんな所に?」 「行けないように見えるか?」 そう言ってマガミは筋肉を盛り上がらせます。 屈強さには自信がありました。 「すごい……そのくらい強そうだと行けるんだ……なら……」 少年は一瞬言いよどんでから口を開きます。 「僕を、僕をそこに連れて行ってください!どうしても「天空の世界」が見たいんです!」 「……なら、質問だ」 「はい!」 「ケダモノと神、何が違うと思う」 「えっ??いや、どっちもすごいものだと思うけど、ケダモノは人間の魂を食べますよね……?普通人は死んだら魂が光の主の所に行くし、ケダモノに食べられたら行けないっていうし……」 「その光の主が、自分の所に来た魂をケダモノと同じように食らう可能性は?ケダモノと光の主、ただ魂の行き先が違うだけである可能性は?そういうことは考えなかったか」 「えっと……そう言われると、もしかしたらそうなのかも知れませんけど……えっと、光の主は誰も見たことないけど、ケダモノは居るって……おとぎ話だけど」 「ふむ」 「……何でそんなことを?」 「ただのアンケートだ。……闇の森に行くぞ」 「え……!!連れて行ってくれるんですか!」 「さっさと来い」 「はい!あ、僕はパウロって言います!おじさんは?」 「マガミだ」 そうしてパウロくんをつれたマガミは聖堂の廃墟を後にしました。 二人は廃墟の街を抜け、川を越え、闇の森にたどり着きました。 森の木々はあり得ぬほど大きく、精霊が舞い踊り輝く様はこの世の物とは思えません。 「すごい……まるで昔読んだおとぎ話の中みたいだ!」 パウロはそう言ってはしゃぎます。 「見慣れれば大したものじゃない」 一方マガミは落ち着いて歩きながら言います。 「見慣れるほど見てるんだ……すごいなぁ……うわっ」 と、次の瞬間パウロの姿が宙に飛びます。 見遣るとケダモノの一匹、アラクネが子蜘蛛たちを伴い、その糸でパウロを釣り下げていました。 「……おい、誰のツレだと思ってるんだ?」 マガミがぶわっ、と殺気を放つと、アラクネは少しうろたえて返します。 「ケダモノのお前が食いもしない人間を守るだと?退屈しのぎか?下らん……」 「……」 「この人間の魂はうまそうだ。いかにも我が子を産む糧とするには都合がいい」 「勝てると思っているのか」 「……そこまで言うなら引き下がろう。お前と戦うには手数が足らん……」 ぼとり、とパウロが地面に落ちる間際に、マガミがその体でさっと彼をキャッチしました。 去っていくアラクネを尻目に、マガミがケダモノであることを理解した彼の目には、その背後に連なる巨大な狼の姿が映りました。 「あ……そっか……マガミさんもケダモノだから、闇の森が怖くなかったんだ……」 「だからどうだというんだ」 「やっぱり、ケダモノって人間を食べるんだ……」 パウロは先ほどのアラクネの言葉を思い返して呟きます。 「マガミさんも、僕を食べたいの……?」 「……腹が減っていれば、食う。減っていなければ、食わない」 「今は……?」 「それを見抜くのが、生きる資格だ」 マガミはそう言ってパウロを下ろしますが、パウロはその場にへたり込みます。 「……ごめんなさい、力が入らないんです。疲れちゃったみたいで……」 パウロが弱々しく立ち上がろうとして、マガミの方に倒れ込みました。 そして、雨が降り始めます。 嵐の気配がしてきました。 振り込める風雨の中を、パウロを抱えたマガミが縄張りである学舎の建物に走り込みました。 とりあえず寝床に寝かせたパウロですが、うわごとを言うばかりで話になりません。 人間の体調のことなどよくわからないケダモノであるマガミにも、パウロの様子は具合悪そうに見えます。 マガミは少し考えて……盛大に吠えました。 「うわっ!」 瞬間、パウロが飛び起きます。 猛烈な殺気を込めた咆哮がパウロの生存本能を刺激し、一時的に活力をもたらしたためです。 なんて脳筋な解決策でしょう。 「あ……僕まだ生きてる……そっか。まだ生きてるんだ」 「まだ、か」 「……うん……そうなんだ、僕の体は毒にやられて……街におとされた爆弾が、毒の爆弾で。その毒にやられたんだ。お医者様でもどうしようもないって。それでね、その爆弾で、家族も、友達も、家も、学校も、みんな……もう、僕のスケッチブックの中にしか残ってないんだ」 「……毒、か。人間は愚かな物を使う」 力自慢のマガミは毒を弱者の発想だと思っている節がありました。 「だから……だから死ぬ前に、あの絵が見たかったんだ。あの絵が見られさえすれば、僕は食べられたっていいんだ……おいしくないかもだけど……」 パウロが弱々しく口にすると、マガミがそうかと返します。 「だからさ、マガミさん。……マガミさんは、出発する前、僕に神様とケダモノの何が違うかって聞いてきたよね……」 「ああ」 「僕にはね、あのときマガミさんが、神様なんじゃないか、って思えたんだ」 「……」 「あの絵を見せてくれるなら、それはきっと、僕にとっての神様だから」 「…………そうか」 マガミはしばらく、じっと動きませんでした。 神。 神と呼んだか、俺を。 ならば―― 「……戻るぞ」 「……戻る?」 「確実な方法がある。お前に絵を見せてやる」 ――――神として振る舞ってやろう。 「戻るって、あの廃墟になった聖堂の方へですか!?」 走るマガミに抱えられたままのパウロはそう叫びます。 「舌を噛むぞ。黙っていろ」 そう言うとマガミは子供とはいえ人一人を抱えているとは思えない速さで森を走り抜けました。 そして、川にたどり着きます。 嵐は去って満月が煌々と輝いていますが、目下には濁流が囂々と流れ、ケダモノのマガミにはともかく、パウロにわたれる川ではありません。 ふう、と息をついたマガミはパウロを下ろし、すっとその疑似餌をしまい込みました。 抱えていくには人の腕が便利でしたが、さすがにここではそうも行かないので――マガミはパウロを口に仕舞いました。 「!?」 「噛むぞ。黙っていろ」 口の中にいるのに口以外の所かが声が聞こえます。 そしてあれよあれよと言う間にマガミは流木の上などを飛び回って川を渡って仕舞いました。 「うわっ!」 ぼちゃり。 この辺でいいだろう、と浅い所でマガミはパウロを口から出しますが、おもむろに川に尻餅をつかされれば全身が濡れます。 「さ、寒い!」 そう言うパウロをマガミの疑似餌がひょいと抱え上げ、彼は先を急ぎます。 と、そこに影が差しました。 「待て!」 それは大量の子グモを連れた、アラクネでした。 「手数を連れてきてやったぞ!そいつを寄越せ!」 子グモの群れがわさわさと蠢きます。 「そうか」 と言ってマガミはパウロを下ろします。 「だが渡さん……俺は今神様なんでな」 疑似餌がしっぽの中に消えました。 「ほざけ!」 そう叫んでアラクネが群れを飛びかからせた刹那、マガミの体は銀色に輝き、ぶれるように飛び回りました。 蜘蛛が、蜘蛛が、蜘蛛が飛び散ります。 そして、吠え猛る声。 予想外の事態に困惑するアラクネを、蜘蛛の体液で染まった影が捉えました。 ぺろり、と。 「……弱いな」 アラクネは、マガミに食われました。 全ての蜘蛛が死に絶え、銀の狼は月に吠えます。 そして疑似餌がのそりと姿を現すと、なにが起こっていたのかわからないパウロが尋ねます。 「食べ、ちゃったんだ……」 「ああ。ただの生存競争だ。奴に非はない。俺にもない」 「やっぱり、食べちゃうんだ……!」 パウロはそれを頭では判っていても実際に目の当たりにしたケダモノの破壊力の前に恐怖し、そして、逃げ出しました。 「うわぁああああ!」 パウロは街に向かって走ります。 マガミは疑似餌を仕舞い、仕方ないといった風体でゆっくり追いかけました。 そして満月が中天にかかるころ、瓦礫の街を越えて聖堂の廃墟に転がり込んだパウロの周りで異変が起きます。 遙かな遠吠えを切っ掛けに、すう、と世界が浮遊するような感覚がして、少し体が縮んでいくのです。 それだけではありません、壊れていた扉が、ステンドグラスが、廃墟が、そしてそこで亡くなったであろう人間達が、時が巻戻るようにそこに姿を現したのです。 「え?え?」 そして、まさか、と見上げた頭上には―― 「これが、「天空の世界」……!!」 少年は言葉を忘れ、復活した肉体に困惑する周囲を余所に、じっと天井画を見上げていました。 どのくらいだったのでしょう、きっと短い時間でしたが、少年には永遠だったでしょう。 実際にはしばらくすると、街の中を悲鳴の波が聖堂へ近づいて来ます。 そしてバン、と扉が開き、巨大な狼、マガミが聖堂の中に乗り込みました。 「うわっ、うわぁーー!!」 「ケダモノだ!!」 「助けてくれー!!」 周囲の人々のパニックを余所に、悠々と聖堂の中に乗り込んだマガミは、天井を見上げました。 「……やはり、わからんな。こんなものは」 呟き。 それは、どうでもいいものにしか見えませんでした。 「銃だ!銃を持ってこい!」 「こっちだ!」 マガミがしばらくそうしていると、困惑の中から決死の覚悟を極めた街の人たちが、火器などを手に集まってきます。 そりゃあ爆撃されるような街ですから、銃くらいはあるでしょう。 それらがでたらめに発射される中、マガミは風のように走り抜け、傷一つ無く、外に飛び出し、街を駆け抜けていきます。 しかし放たれた弾丸は聖堂の照明を破壊し、速やかに聖堂の中を火に包んでいきました。 パウロは必死に逃げ延びました。 そして逃げ延びた背後を振り返ったとき、聖堂の天井が音を立てて崩れ落ちて行きました。 ああ。 それはもう、言葉ではなかったでしょう。 やり直してなお、人は繰り返す。 人の身を滅ぼす毒は、人自身なのかもしれません。 しばらく後、古びた学舎の中でマガミがじっとしていると、巨大な蜘蛛がそこを訪れました。 あの、食べられたアラクネです。 「……お前が巻き戻したのか、時間を」 アラクネも生存競争であったと捉えているのでしょう、恨みは滲ませていません。 ですが、死の記憶をそのままに蘇ったそのケダモノは、恐怖に身を震わせます。 「ああ、一年ほどな」 マガミは軽くあくびをしながら答えます。 「無茶苦茶をするものだ……恐ろしい」 その答えだけを聞いたアラクネは、そして溶けるように森の中へ消えていきます。 後にはただマガミが、マガミだけが残ります。 ただ、神になりたかったケダモノが一匹、残ります。 「少年と絵」おわり。
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録音してすらいないので大筋が同じだけのただの小説ですね。脚色ありありですし。
体験版ルールの世界観を読んでること前提って感じです。
剣と魔法がおとぎ話になり、飛行機で爆弾を落とす戦争が当たり前になったころ。
闇の森の中の古い学舎の中に、一匹の巨大な狼がいました。
そのケダモノは、名を「マガミ」と言います。
マガミは神になりたかったケダモノでした。
かつて人々に守護神と崇められ、それでもなお光の主と自分の何が違うのかが判らず、守護した人々は途絶えてなお彼は神について悩み続けていました。
自分とはなんだ、神とはなんだ、俺は神になれたのか、と。
そんなある日、彼は爆発を遠くで聞きつけます。
それは街の方でした。
そういえば、ですが街には聖堂があり、ふとそこに行けば神について何らかの情報が得られるかと思いつきました。
そしてふらっと、頬に傷のある屈強な中年男性の姿の疑似餌で現れたマガミは、破壊し尽くされた街と、穴の開いた聖堂を目撃します。
中にはいると目的地の聖堂は吹っ飛んでいました。
そこでマガミは一人ぼんやりしているスケッチブックを抱えた少年を見つけました。
「おい、廃墟は崩れる時もある。危ないぞ」
自分も入ってきておいてどの口でいうのかですが、マガミは力に自信はあれどあまり賢い方ではありませんでした。
「あ、ありがとうございます……すみません。おじさんは、ここの聖堂の絵見たことありますか?」
「いや、ないな……たぶん」
「そうなんですか……見たかったな……ここの天井画は、「天空の世界」っていって、リュミエールって言うすごい作家が描いた名画だったんです。僕はそれがすごく見たくて遠くから来たんだけど……爆撃のせいですね……僕の街も爆撃でやられて……」
「そうか。……そういえば、闇の森の向こうの夢が流れ着く岸辺にもこの聖堂があったか」
「えっ?」
「闇の森の夢が流れ着く岸辺には、死者の記憶にある物が形として現れる。この聖堂も流れ着いていたはずだ。たしか、程度の話だがな」
「闇の森……っておとぎ話の?そこに行けば……見られるの?」
「見られるだろうな」
「でも闇の森にはケダモノが住んでるんでしょ?おじさんどうやってそんな所に?」
「行けないように見えるか?」
そう言ってマガミは筋肉を盛り上がらせます。
屈強さには自信がありました。
「すごい……そのくらい強そうだと行けるんだ……なら……」
少年は一瞬言いよどんでから口を開きます。
「僕を、僕をそこに連れて行ってください!どうしても「天空の世界」が見たいんです!」
「……なら、質問だ」
「はい!」
「ケダモノと神、何が違うと思う」
「えっ??いや、どっちもすごいものだと思うけど、ケダモノは人間の魂を食べますよね……?普通人は死んだら魂が光の主の所に行くし、ケダモノに食べられたら行けないっていうし……」
「その光の主が、自分の所に来た魂をケダモノと同じように食らう可能性は?ケダモノと光の主、ただ魂の行き先が違うだけである可能性は?そういうことは考えなかったか」
「えっと……そう言われると、もしかしたらそうなのかも知れませんけど……えっと、光の主は誰も見たことないけど、ケダモノは居るって……おとぎ話だけど」
「ふむ」
「……何でそんなことを?」
「ただのアンケートだ。……闇の森に行くぞ」
「え……!!連れて行ってくれるんですか!」
「さっさと来い」
「はい!あ、僕はパウロって言います!おじさんは?」
「マガミだ」
そうしてパウロくんをつれたマガミは聖堂の廃墟を後にしました。
二人は廃墟の街を抜け、川を越え、闇の森にたどり着きました。
森の木々はあり得ぬほど大きく、精霊が舞い踊り輝く様はこの世の物とは思えません。
「すごい……まるで昔読んだおとぎ話の中みたいだ!」
パウロはそう言ってはしゃぎます。
「見慣れれば大したものじゃない」
一方マガミは落ち着いて歩きながら言います。
「見慣れるほど見てるんだ……すごいなぁ……うわっ」
と、次の瞬間パウロの姿が宙に飛びます。
見遣るとケダモノの一匹、アラクネが子蜘蛛たちを伴い、その糸でパウロを釣り下げていました。
「……おい、誰のツレだと思ってるんだ?」
マガミがぶわっ、と殺気を放つと、アラクネは少しうろたえて返します。
「ケダモノのお前が食いもしない人間を守るだと?退屈しのぎか?下らん……」
「……」
「この人間の魂はうまそうだ。いかにも我が子を産む糧とするには都合がいい」
「勝てると思っているのか」
「……そこまで言うなら引き下がろう。お前と戦うには手数が足らん……」
ぼとり、とパウロが地面に落ちる間際に、マガミがその体でさっと彼をキャッチしました。
去っていくアラクネを尻目に、マガミがケダモノであることを理解した彼の目には、その背後に連なる巨大な狼の姿が映りました。
「あ……そっか……マガミさんもケダモノだから、闇の森が怖くなかったんだ……」
「だからどうだというんだ」
「やっぱり、ケダモノって人間を食べるんだ……」
パウロは先ほどのアラクネの言葉を思い返して呟きます。
「マガミさんも、僕を食べたいの……?」
「……腹が減っていれば、食う。減っていなければ、食わない」
「今は……?」
「それを見抜くのが、生きる資格だ」
マガミはそう言ってパウロを下ろしますが、パウロはその場にへたり込みます。
「……ごめんなさい、力が入らないんです。疲れちゃったみたいで……」
パウロが弱々しく立ち上がろうとして、マガミの方に倒れ込みました。
そして、雨が降り始めます。
嵐の気配がしてきました。
振り込める風雨の中を、パウロを抱えたマガミが縄張りである学舎の建物に走り込みました。
とりあえず寝床に寝かせたパウロですが、うわごとを言うばかりで話になりません。
人間の体調のことなどよくわからないケダモノであるマガミにも、パウロの様子は具合悪そうに見えます。
マガミは少し考えて……盛大に吠えました。
「うわっ!」
瞬間、パウロが飛び起きます。
猛烈な殺気を込めた咆哮がパウロの生存本能を刺激し、一時的に活力をもたらしたためです。
なんて脳筋な解決策でしょう。
「あ……僕まだ生きてる……そっか。まだ生きてるんだ」
「まだ、か」
「……うん……そうなんだ、僕の体は毒にやられて……街におとされた爆弾が、毒の爆弾で。その毒にやられたんだ。お医者様でもどうしようもないって。それでね、その爆弾で、家族も、友達も、家も、学校も、みんな……もう、僕のスケッチブックの中にしか残ってないんだ」
「……毒、か。人間は愚かな物を使う」
力自慢のマガミは毒を弱者の発想だと思っている節がありました。
「だから……だから死ぬ前に、あの絵が見たかったんだ。あの絵が見られさえすれば、僕は食べられたっていいんだ……おいしくないかもだけど……」
パウロが弱々しく口にすると、マガミがそうかと返します。
「だからさ、マガミさん。……マガミさんは、出発する前、僕に神様とケダモノの何が違うかって聞いてきたよね……」
「ああ」
「僕にはね、あのときマガミさんが、神様なんじゃないか、って思えたんだ」
「……」
「あの絵を見せてくれるなら、それはきっと、僕にとっての神様だから」
「…………そうか」
マガミはしばらく、じっと動きませんでした。
神。
神と呼んだか、俺を。
ならば――
「……戻るぞ」
「……戻る?」
「確実な方法がある。お前に絵を見せてやる」
――――神として振る舞ってやろう。
「戻るって、あの廃墟になった聖堂の方へですか!?」
走るマガミに抱えられたままのパウロはそう叫びます。
「舌を噛むぞ。黙っていろ」
そう言うとマガミは子供とはいえ人一人を抱えているとは思えない速さで森を走り抜けました。
そして、川にたどり着きます。
嵐は去って満月が煌々と輝いていますが、目下には濁流が囂々と流れ、ケダモノのマガミにはともかく、パウロにわたれる川ではありません。
ふう、と息をついたマガミはパウロを下ろし、すっとその疑似餌をしまい込みました。
抱えていくには人の腕が便利でしたが、さすがにここではそうも行かないので――マガミはパウロを口に仕舞いました。
「!?」
「噛むぞ。黙っていろ」
口の中にいるのに口以外の所かが声が聞こえます。
そしてあれよあれよと言う間にマガミは流木の上などを飛び回って川を渡って仕舞いました。
「うわっ!」
ぼちゃり。
この辺でいいだろう、と浅い所でマガミはパウロを口から出しますが、おもむろに川に尻餅をつかされれば全身が濡れます。
「さ、寒い!」
そう言うパウロをマガミの疑似餌がひょいと抱え上げ、彼は先を急ぎます。
と、そこに影が差しました。
「待て!」
それは大量の子グモを連れた、アラクネでした。
「手数を連れてきてやったぞ!そいつを寄越せ!」
子グモの群れがわさわさと蠢きます。
「そうか」
と言ってマガミはパウロを下ろします。
「だが渡さん……俺は今神様なんでな」
疑似餌がしっぽの中に消えました。
「ほざけ!」
そう叫んでアラクネが群れを飛びかからせた刹那、マガミの体は銀色に輝き、ぶれるように飛び回りました。
蜘蛛が、蜘蛛が、蜘蛛が飛び散ります。
そして、吠え猛る声。
予想外の事態に困惑するアラクネを、蜘蛛の体液で染まった影が捉えました。
ぺろり、と。
「……弱いな」
アラクネは、マガミに食われました。
全ての蜘蛛が死に絶え、銀の狼は月に吠えます。
そして疑似餌がのそりと姿を現すと、なにが起こっていたのかわからないパウロが尋ねます。
「食べ、ちゃったんだ……」
「ああ。ただの生存競争だ。奴に非はない。俺にもない」
「やっぱり、食べちゃうんだ……!」
パウロはそれを頭では判っていても実際に目の当たりにしたケダモノの破壊力の前に恐怖し、そして、逃げ出しました。
「うわぁああああ!」
パウロは街に向かって走ります。
マガミは疑似餌を仕舞い、仕方ないといった風体でゆっくり追いかけました。
そして満月が中天にかかるころ、瓦礫の街を越えて聖堂の廃墟に転がり込んだパウロの周りで異変が起きます。
遙かな遠吠えを切っ掛けに、すう、と世界が浮遊するような感覚がして、少し体が縮んでいくのです。
それだけではありません、壊れていた扉が、ステンドグラスが、廃墟が、そしてそこで亡くなったであろう人間達が、時が巻戻るようにそこに姿を現したのです。
「え?え?」
そして、まさか、と見上げた頭上には――
「これが、「天空の世界」……!!」
少年は言葉を忘れ、復活した肉体に困惑する周囲を余所に、じっと天井画を見上げていました。
どのくらいだったのでしょう、きっと短い時間でしたが、少年には永遠だったでしょう。
実際にはしばらくすると、街の中を悲鳴の波が聖堂へ近づいて来ます。
そしてバン、と扉が開き、巨大な狼、マガミが聖堂の中に乗り込みました。
「うわっ、うわぁーー!!」
「ケダモノだ!!」
「助けてくれー!!」
周囲の人々のパニックを余所に、悠々と聖堂の中に乗り込んだマガミは、天井を見上げました。
「……やはり、わからんな。こんなものは」
呟き。
それは、どうでもいいものにしか見えませんでした。
「銃だ!銃を持ってこい!」
「こっちだ!」
マガミがしばらくそうしていると、困惑の中から決死の覚悟を極めた街の人たちが、火器などを手に集まってきます。
そりゃあ爆撃されるような街ですから、銃くらいはあるでしょう。
それらがでたらめに発射される中、マガミは風のように走り抜け、傷一つ無く、外に飛び出し、街を駆け抜けていきます。
しかし放たれた弾丸は聖堂の照明を破壊し、速やかに聖堂の中を火に包んでいきました。
パウロは必死に逃げ延びました。
そして逃げ延びた背後を振り返ったとき、聖堂の天井が音を立てて崩れ落ちて行きました。
ああ。
それはもう、言葉ではなかったでしょう。
やり直してなお、人は繰り返す。
人の身を滅ぼす毒は、人自身なのかもしれません。
しばらく後、古びた学舎の中でマガミがじっとしていると、巨大な蜘蛛がそこを訪れました。
あの、食べられたアラクネです。
「……お前が巻き戻したのか、時間を」
アラクネも生存競争であったと捉えているのでしょう、恨みは滲ませていません。
ですが、死の記憶をそのままに蘇ったそのケダモノは、恐怖に身を震わせます。
「ああ、一年ほどな」
マガミは軽くあくびをしながら答えます。
「無茶苦茶をするものだ……恐ろしい」
その答えだけを聞いたアラクネは、そして溶けるように森の中へ消えていきます。
後にはただマガミが、マガミだけが残ります。
ただ、神になりたかったケダモノが一匹、残ります。
「少年と絵」おわり。