温森おかゆ(まんじゅう)さんの日記 最終page
温森おかゆ(まんじゅう)さんが書いた日記の一覧を閲覧できます。
日記一覧
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2022/11/08 12:41[web全体で公開] |
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2022/11/01 00:42[web全体で公開] |
😶 死にたがり電車 通過 ごんずいさん作CoCシナリオ「死にたがり電車」をPLとして通過したので、簡単に記録しておくことにしよう。 形としてはタイマンなのだが、技能失敗による情報の取りこぼしなどを恐れてKPCを一人用意してもらい、実質探索者二人で探索することに。 KPC:四月一日(わたぬき) りつ ボーイッシュな女性。ござる調のオーソドックスで少しオールドな典型的オタクの幼馴染と共に、探偵事務所を営んでいる。ネトゲばかりしてだらしない所長を叱咤しつつ、今日も探偵業に励んでいることだろう。ボーイッシュなのにはかつての家庭環境が絡んでおり、なかなか女性らしくはなれない。だが、そういったものが嫌なわけではないようだ。医学や精神分析などの技能があるため、後述のPCの補助として鋭い活躍を見せた。 PC:覡 優悧(かんなぎ ゆうり)(自PC) かつて小さくひ弱で愛らしかった小さな少年は、16歳に育った……。12歳キャラシに比べ、探索技能を多く持っているのが特徴の探索特化の少年。私立探偵の職業を元にビルドされている。 ダメージボーナスこそない深窓の令息ぶりは変わらぬものの、高い探索技能を持つ。なんにでも首を突っ込みたがる野次馬精神旺盛……もとい好奇心旺盛な思春期。男性ではあるが結構な綺麗好きで、外行きの時は必ず簡単にメイクを施すほど。APP15の美男子も相まって勘違いされるレベルの美貌。 思春期真っただ中で、ちょうど探偵ものやサスペンスにはまっており、父親がオーナーをしている探偵事務所に「遊びに来て」「入り浸って」いる。さながら探偵事務所の一員かのような顔をして誰にでも「探偵見習い」と自称しているが、100%自称である。勿論オーナーの息子に危なっかしい真似をさせられないと、社員証すら持たせてもらえないのでただ入り浸っているだけだ。それでも持ち前の野次馬精神もとい好奇心のおかげか、探索技能においては頼りにならないこともない。 テキストセッションで大体7時間ほどだっただろうか。及第点と言いたいところだ。 実はその後ED部分を引き延ばして2時間ほどやったのだが、ほぼ茶番なので考えないでおこう。アフタートークには約1時間。 元々「あれは初見での通過でしか楽しめない」という話だったので、人に頼んで回してもらった。 確かに、あれは初見でなければ全部見通せる。単純な仕組みだ。単純だからと言ってつまらないわけではないし、なーるほどと思わされることも多々あった。 本作にはNPCがいたが、本来は少し後味の悪い典型的な終わり方をするらしい。そこをKPが、ハッピーエンドに改変してくださった。おかげで気分良く終われたのもあって、このセッションは楽しかった。 なーんだかんだと色々情報を引き出すのに怒涛の質問を投げかけたが、KPが一つ一つ丁寧に答えてくださったのもあってスムーズな進行だった。最終盤に関してはホントにどうなる事かと思ったが、無事に終わってほっとしている。 セッション終了後のSAN値回復や成長ロールはダイスが滅茶苦茶に上振れてほぼ最大値が出てくれたので、PCの「こぶし」が15も成長してしまった。殴ることを覚えたなコイツ。
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2022/10/24 18:41[web全体で公開] |
😶 裏回しタイプのキャラクター性 タッチタイピングが出来るようになった。タイピングスコアは上がっていない。 最近どうもPLしてもPLした気がしない……という謎の悩みを抱えている。おかゆである。 時間とシーンの進み具合をPL視点から見て判断し、他PLとのつなぎを行って控えたり、目的共有をして意見を引き出したり話しかけてロールプレイを促したり。主にそう言うことばかりしていて無駄に気を張っているので、KPやってる時と大体感覚が同じなのだ。 PLとしてシーンを見ているというよりもGM視点で「ここはあの人が入れるように少し繋いで控えよう」だの「ここで『俺は行く』と言っておいてRPを引き出させつつ場面を進めるか」だの少しフカン気味だ。 最近どうものびのびできないなあと思うのは恐らくこのせいだろう。こないだは時間のせいかと思ったが、恐らくはもっとのびのびPL視点で遊びてえなぁと思っていたというわけだ。 が、それはどちらかというと私のGM寄りの傾向からだろうしそこは仕方がない。 「場面をうまく引っ張ってくれている」との評価をいただいているのはうれしいので、直そうという程の事でもない。 数日前くらいに「まぁ私の傾向なんてそんなもんだな」と思うことにした。 PCとしてのキャラクター性というよりも、シナリオ攻略に必要な狂言回しを行うキャラクターが多い。 それもやってみれば楽しさは別のところにあるのでおすすめだ。卓終わった後、大体は感謝されるし。 勿論加減はいるが。 ・他PCに「話しかける」 ロールプレイの始まりは「話しかける」ことから始まる。当然なのだが、この当然は結構忘れ去られやすいものだ。特に、多人数でのセッションの場合は。 案外、セッションでは誰かがずっと話していて他のものは黙りこくっているという状況は多い。勿論、キャラクターによってもそれは顕著に差が出てくるだろう。面白軽口キャラ枠は起きている間ずっと余計なことまで喋るし、引っ込み思案なキャラクターは自分からじゃ喋らない。勿論それが悪いことじゃない。だが引っ込み思案なキャラクターを操作する時、持ち主のPLが一番困りやすいというのは確かだ。うんとかすんとか言いにくい。やりにくいのである。上手い人ならよしなにいなしてみせるだろうが、初心だと非常に後悔することになりやすい。 そういうときに役に立つキャラクターはまず「他人に話しかけることを躊躇しない」キャラクターである。 野暮だろうが何だろうが悩むそぶりを見せた人に「何か悩んでいるのか」と話しかけたり、ちょっとしたイヤミだろうが余計な一言だろうがこぼして不意の発言を誘ったり。 創作される作品の中でおしゃべりなキャラクターが珍重されるのは、そういう役回りが必ず必要だからなのである。 ・他PCに「聞く」 「?」ってのは便利だ。「質問に質問で返すな」とかなんとか言われるのはよく耳にするだろうが、それとは別として、「質問されたら何らかのリアクションを返す必要がある」という条件がそこに存在するからである。 質問にイエスノーで答えるか、曖昧に誤魔化すか、質問で返すかはそれぞれだろう。とにかくそこに「反応がある」ということが大事なのであって、応えるということはすなわち、自分の意志を(キャラクターを)出す、見せるということだ。 「どうする?」一言でも色んな反応が返ってくる。普通はGMの仕事だろうがPLがやったってかまわない。 「俺は○○だが、皆はどうする?」「あんたはどう思う?」……など、これは私の良く使うテクニックである。 そこには回答する必要がある。そこで立ち止まっていようが、何か悩んでいようが、こう聞かれたものなら何かしら答え、言動にする必要があるのでそこからスムーズにシーンが進む。 「いや、△△に関して考えているんだが」など、進めない理由を言うのでも「そうだね、○○にしよう」というのでもなんにせよロールプレイと行動宣言が引き出せる。 勿論これはGM側としても有効な手法だ。 上記の二つのテクニックは、ぶっちゃけ全部主にGM側のテクニックだが、皆で楽しくセッションを盛り上げようという気があるのなら、PLをするときにも結構役に立つので覚えていて損はないだろう。
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2022/08/22 19:21[web全体で公開] |
😶 礼儀の基本 私が好きな言葉にこのようなものがある。 「人にして仁ならずんば、礼をいかんせん。人にして仁ならずんば、楽をいかんせん」 端的に訳すと、 「人として思いやりのないようでは、礼儀がどうこう言っても意味がない。 人としての情愛がなければ、音楽の良しあしがどうこう言っても始まらない」という意味だ。 マナーも礼儀作法の一つであるからして、この言葉は非常に含蓄のあるもので、現代において形骸化しつつある礼儀の在り方に対する紀元前400年前からの金言といってよいと思う。 人としての礼儀なんてものは必ず必要になってくるものであるが、その礼儀が「何のためにこそあるものなのか」を知っておかなければいくらマナーやら作法に詳しくとも、中身のないものになり果てるということだ。 上記の言葉を残したさる賢人は、礼儀そのもののありようよりも、そこに関わる人の思いやりこそ重要だと説いたのである。 人は諍いや問題をある程度嫌がる性質で、だからこそマナーやルールを整備するわけだけれども、そのマナーだのルールだの言ったって実は完全ではない。人が「個」である限り完璧に同じ答えはないのだ。 ルールブック所持問題とか、シナリオ展開に非協力的なプレイヤーに対する対応とか。同じ問題に対して意見が割れることは大して珍しくない。オンセンの投票なんかに行くとそれが分かりやすい。 違う意見が存在することは何も悪いことじゃない。それなりの根拠があるのだろうし。なかったらちょっとフォローしきれない。 「じゃあ何を信じればいいんだよ」という話になるだろう。 勿論マナーやルールが無意味ではない。具体的なタブーが分かっていれば避けられる事態は沢山ある。 要は基礎の基礎だ。マナーだのルールだのは何を持って守るかという話だ。 それは大抵、相手に対する尊重や思いやりである。 というか、こうされたら相手は嫌だろうなと控えられる人間は大した問題など起こさない。それが理解出来る人は幸いだ、きっと愛されることだろう。
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2022/06/12 12:20[web全体で公開] |
😶 TRPGは対話である 今のところ、クトゥルフ神話TRPGしか持っていないから、クトゥルフ神話TRPGからの引用ばかりではあるが、これのイントロダクションにいい言葉が書いてある。 「TRPGは社交そのものである」。 ※「社交」とは…社会生活を営むために必要な、人と人とのつきあい(国語辞典より) 私はこの、「TRPGは社交そのものである」という言葉を何人も念頭に置いてTRPGをプレイするといいと思っている。 とはいっても、人によってはTRPGはイコール社交イコール人付き合いと言われてもそんなもん分かるか、と言ったところだろうか。何せ分かるわけが無いのだ、「人付き合い」が何たるかなど、はっきり分かってしっかりできる人間もなかなかいない。 人が何を感じ、何を思い、何を考え、どういった反応を返すか。それは誰にも分からない。だからこそ人付き合いというのは非常に難しい。個として全く別の人間が、互いにぶつかり合わない程度に付き合うなど、よく考えたら至難の業だ。それを私たちは日常的に紙一重で避けてどうにか過ごしているという状況なのだから、まったく素晴らしい。 それはともかくとして、そういう難しい技の上に成り立つのが「TRPG」なのだから、いつまでもあらゆる問題が起きては議論され尽くしているのは当然とも言える。 人付き合いなんて人類の永遠の課題のようなものだ。いくら正解があろうと、正解を的確にとっていける人間はあまりにも少ない。 ではその「TRPGそのもの」とすら言われるほど重要なのに、すこぶる難しい「社交」とは具体的に何をすればいいのかの話に移るが、私が今のところ思うに、「対話」である。 TRPGにおける問題。それを考える時に、私はまずそこに「対話」をテーマに置く。そうすると、不思議と大抵の場合、問題ははっきりしてくるのだ。 ひとまず大まかに「会話」と言ってもいいところを、ここではあえて「対話」とする。ここでの2つの言葉の意味は、とても重要な事だからだ。 「会話」とは、2人または数人の人が話をすること。 「対話」とは、向かい合って『対等の立場で』話をすること。 人付き合いはまず何にしても、「話す」ことから始まる。 顔をつき合わせているだけでは付き合いとは到底呼べないし、人付き合いと言える事柄には必ず「会話」がついてくる。 それでもって当然だが、その会話が上手くいかない場合、人付き合いには問題が起こる。 ここで諸氏に一度ご一考頂きたいが、これまでにTRPGの場面で起こった問題。 「対話」はそこにあっただろうか? その対話に何か問題はなかっただろうか? 例えばそこに、円滑な「対話」が置かれればその問題は起こり得たか? 例えば、プレイヤーの独断による問題行為。 例えば、ゲームマスターによるシナリオの「吟遊」化。理不尽な判定。 個による全員への、全員による個への「尊重」があった上で、尚且つ円滑な会話が置かれたなら、その問題はそもそも起こっただろうか。 それでも問題が起こってしまうことも、まぁ無くはないのかもしれない。 だが今まで出会ってきた問題で、互いがどちらも対等に会話出来たなら、もしかすれば避けられたのかもしれない問題も多かったと思うのだ。 「対話」とは、会話に加えて互いが対等な立場に立って話をすることだ。 TRPGにしてそれが意味することは、GM、PL、そのふたつの立場を丸ごとひっくるめてTRPGの「いちプレイヤーとして」扱う、という意味と同義である。 それが欠けると必ずセッションには問題が起こる。誰かが嫌な思いをし、誰かが何らかの被害を被るのである。 具体的にどういうことか、ここに例を置く。 PL1:それでは、PC1はPC2に対していきなり後ろからグーで殴ります。 PL2:えっ。 PL1:判定成功。奇襲で回避できませんよね?ダメージ出します KP:えっ。 正直こんなことがあると思いたくはない訳だが、残念なことに、似たような事例はいくつか確認されている。 一体これのどこが問題なのかと言うと、PL1の判断と行動にゲームキーパーとPL2が大いに困惑してしまっているということである。 さらに厳密に言うと、PL1は独断での宣言、ならびにKPを通さないダイス判定をしている。ここが問題だ。 それにより拒否する間もなく被害を被ったPL2と、止める間もなかったKPは大いに困ってしまったわけである。 ではその具体例に、「対話」を置いてみることにする。 PL1:PC1は乱暴なキャラクターなので、PC2に対していきなり後ろからグーで殴りたいんですが。 PL2:いや。嫌ですね。やめてください。 KP:許可できません。却下します。 PL1:うーん。じゃあ、「今はやめておくか」と思い断念します これもだいぶ無理があるというか、一言目の発言の時点でいささか赤信号だとは思うが、前の例に比べて大きな問題は起きていない。 一応、PL1は他者に意見を求める余地を残し、ことが起きる前にその意見をしっかりと聞き入れたからである。 要するに、自分一人で決める前に、他者に「聞いた」のである。 確かに、PL1にとってPC1は自分の動かすキャラクターであり、他の誰のものでもない。現実なら人を殴る前に「殴りたいので殴っていいですか」など、わざわざ聞かない。 だが、これはゲームだ。しかも、全員が参加し、それぞれ尊重されるべき個々のキャラクターを持っていたり役割を持っている。 データ上だけでのやり取りとはいえ、その向こうには必ず「個人」がいる。それが、TRPGなのだ。 PVPや対立型と呼ばれるシステムならいざ知らず、協力型のTRPGで独断専行を行うと他者を巻き込んでしまう。 個人のプレイ方針はともあれ、そこに「対話」と「尊重」を置くだけでこれだけ違う。 これが、「社交」だ。これが、TRPGだ。私は最近こう思えてならない。
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2022/06/09 22:00[web全体で公開] |
😶 何もGMが全て受け入れる必要は無い GM。TRPGにおいて必須と言えるセッションという名の舞台の監督。裁定者。ストーリーテラー。 役割が多く責任も多く、時によっては孤立し悩む立場にある、悲しくも楽しい役目。 GMたちは多種多様なプレイヤー達が集まる場で、自分を含めた全員が楽しいゲームとなるように導くのだが……GMだって一人の人間だ。 人によってはどうにも反りが合わない相手もいるし、プレイヤーによってはどうしても対応しきれないこともあるだろう。 「GMだって一緒にゲームする人を選んで良い」というのが私の結論だ。 正直、当たり前と言えば当たり前なのだが。 まぁこれは誰が悪いわけでもなくただ嗜好の違いとも言える、として今回は話す。マナーだの常識だのまでこの話で引っ張り出すとまた長くなるので。 大雑把にマナーだの常識だの絡めるなら、PLの方もGMのゲーム管理に任せて好き勝手暴れるのではなく、セッションに参加する全員に「協力」するスタンスで自分のスタイルを半ば調整した方がいいという話になる。 だが、PLのルーニーやリアルマンやマンチキンやリアルロールプレイヤーといったプレイの趣味嗜好は、度が過ぎれば問題に発展するものの、そこまででない程度であれば、言ってしまえば個人の嗜好に過ぎない。 それを頭ごなしに否定してあれするなこれするなと個人に向けて言うつもりは私には無い。だいたいそれだって一応立派なプレイ嗜好ではあるのだから、個人の意思で頭ごなしに唾棄するのも違うとは思う。 が。GMも個人だ。個人特有の「好み」くらいある。 みんな無茶苦茶してふざけて笑いあうのがいい!といったGMも、心に響くような美しいロールプレイが見たい!といったGMも、その嗜好はまた様々であると言える。つまりそのGMが「どんなPLに出会いたいか」だ。 オンセのセッションを見ていると、シナリオからそういった嗜好がなんとなく汲み取れるものの、やはり「どういった傾向のキーパリングをするか、どう言った傾向のプレイを好むか」というのは曖昧なように感じる。人がいないからフィルターかけたら遊ぶ所でないのでは?と言えばもちろんそうなんだけど。 GMであるからには、いざどのようなPLが来ても対応する必要はあるが、セッションの中で浮いてしまう人に困惑するGMやPLを発生させないようにする予防線は張っても構わないだろう。 合わないPLに対して合わせられないのはKPの甘さだろという意見に関しては、「こんなゲームにマジになっちゃってどうするの」と返させて頂く。何人も遊んでるわけであって接客サービス業してんちゃうんやぞ。 GMもそういった自分の嗜好を書いても全く構わないし、そうすることで合わない人と衝突することもまた避けられるのではないか、セッションに参加する人がある程度制限されるぶん、負担も少なくセッションを守れるのではないかと思った次第だ。
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2022/06/08 20:37[web全体で公開] |
😶 Not for me 海の向こうにはこんな言葉がある。 「It’s not for me」意訳すると「残念ですが私には向きません」だ。 人には向き不向きがあるのは当然であるから、「いい作品なのかもしれないけど、ちょっと私には向かないみたいだよ」みたいな意味合いで使われることが多いようだ。 で、なんでこんな言葉を出すかというと、「好きと嫌いにも尊重はあるよ」ということを言いたいのである。 私にも好きな作品はあって、その作品をけなされると悲しいことはある。だが「not for me(向きでない)」という言葉を知ってからは多少それがなくなった。 「ああ、あなた向きでなかったんだね」という感じだ。なんだったらその人が言っている好きな作品の悪いところを聞いて自分もそれを知っているなら、眉をひそめてそっと頷くときもある。 作品のいいところを味わうよりも、悪いところにストレスを感じてしまったのだろう。私もそう言うことがないとは言えない。 好きなものに対して妄信しすぎても嫌いなものを全否定しても災いを呼ぶ。かといえ大抵の人間というものは私も含めだいたい「主語デカめ」「誇張デカめ」で好きでも嫌いでもない話でも「言いすぎだろ」みたいなことはよくある。 好きなものは完璧だし嫌いなものは嫌い、といった気持の方が正直生きやすいが。好き嫌い程度で怒らなくて済むようになったとしても、今度は自分が相手の好き嫌いをどれだけ理解しようと相手は平気でこっちの好きなものをこき下ろして来る理不尽にいらいらしなければならなかったりするので。 閑話休題。 ややこしい話になるがこれは口酸っぱく言わないといけないので何度でも言う。 「自分には向いていない」は「存在すべきでない」ではない。つまり、好きか嫌いかで争う必要は本来ない。 そういう感覚は結構忘れがちで、だから私もいつも偏っている自分の立場を中間あたりに置いてどっちつかずな意見をわざわざ長々と言いながら、一言で終わる結論を説明していたりするわけだが、それはともかくとして。 好きなものは好きでいい。嫌いなものは嫌いでいい。 大事なのは、誰の好きも嫌いも、最低限は尊重されるべきだということだ。 ファンになるのはいいが、狂信者になるのはいけないという意味である。 嫌いになるのはいいが、モンスタークレーマーになるのはいけないという意味である。
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2022/06/02 18:25[web全体で公開] |
😶 TRPGに関する創作スキルの重要性 誤解がないように言っておくが、創作ができる人というのは非常に素晴らしい。 確かに強い。絵が描ける、音楽が作れる、文字が書ける、etc... それら全て、生半可な知識量ではできない技術だ。 だが結論を言おう。 それが「TRPGを囲む人間」の優劣を決めるわけでは決してない。 TRPGは結局ゲームだ。絵が描けることは確かに凄い。だが、マジな話、ゲームにおいて重要なのは得てしてそういうサブスキルではなく、プレイヤーとしてのマナーや「上手さ」だと思っている。 というのも結構前であるが、某SNSでどこかの自作立ち絵師プレイヤーが「絵が描ける」ことを理由にKP含むプレイヤー全員の中での優劣を決めてしまったという話を見てしまったため、今一度反面教師兼覚え書きとして書いている。 正直事実であってほしくは全くないし、いっそ完全な釣りであった方が心は穏やかだが……その騒動を完全な外野から眺めつつなんとも言えない気持ちになっていた。 ゲームを遊びに卓を囲むにあたって、絵が描けるってのはそれ自体で凄いことではあるが、TRPGにおいては少々花を添える程度だ。悪く言いたいわけじゃない。「別」だと言いたいだけだ。 だから、絵が描けるだの描けないだので勝手に人間同士に優劣を決めるのは、いかに素晴らしい創作者であっても、人としては全く凡愚のすることだ。 それは創作者ではない人にも言える。創作者者であるにせよないにせよ、一人のプレイヤーとしての誇りと矜恃はしっかり持っていて欲しい。 そりゃ自分で何かを創れるというのはすごいことだ。褒められていいことだ。 だがそれで人間の上下を決定する根拠には全くなり得ない。なってはならない。 せいぜい自作立ち絵作ったところでキャラクターの解像度がすげえ上がる程度のことなのだ。それがすげえんだけども。だけども。 で、ここまで当社比で言うととても丁寧にフォローを入れつつ懇々と「創作スキルがあるからって人間の優劣を決めてはならない」とは言ったものの、ではそれとは別にTRPGをするにおいて重要なスキルと言ったらなにか? という話でさっき「プレイヤーとしてのマナーや『上手さ』」という話を出した。 誤解されるような言い方をして申し訳ないけれど、これもまた、「人間同士の優劣」を決定する材料にしてはならないので理解して欲しい。 なんにせよ、TRPGの円卓に座る身なら「一番ゲームの裁定に関する権利があるのはKP」であることには変わりない。PLは卓に座る以上、KPの話をよく聞いて、そしてよく従い、KPの裁定に疑問が生じたりした時にはよく話し合う必要がある。 だからと言って、一人一人別の人間としてはキーパーが偉いわけでも、プレイヤーが偉いわけでもないのだ。 そこまでいくともうただのイジ〆か差別あたりに繋がってしまう。 閑話休題。 いつもよりも注意深かったせいでいつもよりややこしい話になってしまったが……。 では「TRPGというゲームをする上で重要なスキル」の話に戻ろうと思う。 まずマナー。端的に言えば「相手を不快にさせない礼儀」だ。そう、言っちゃ悪いが少し前にテレビで見られたマナー講師の方々に半端じゃなく欠けていらっしゃったものだ。あれは寧ろ、綺麗な反面教師だと思っている。 その辺は少し考えれば分かると思うし、わかって頂きたいし、マナーに関してここで説明するとハチャメチャに冗長になるので各自ご一考頂きたい。 で、次に「上手さ」だが……こちらは少し細かくなってしまう。 端的に言えば「ゲームを円滑かつ、楽しく進めるやり方」のことだ。 これに関しては説明している自分が耳の痛くなる話であるのだが、例えばレスポンスの速さ。PL同士の場での「社交」スキル……有り体に言えば「コミュ力」だろうか……そして、「自分の入力が終わったことをテキセで周囲に知らせる合図をロールプレイの末尾につける」「ロールプレイとは別に、プレイヤーとしての考えをきちんと共有する」などの小さな配慮のこと。 これに関しては一朝一夕で得られるものでもないのは言うまでもない。 ここには挙げるが、だからと言って今からこのスキル身につけて行けなどと無茶振りをするつもりは無いので、そういうのも大事だと思われることもあるんだな、みたいなことを頭の4畳半の片隅にでも片付けて置いて頂きたい。 結局何が言いたいかと言うと、TRPGは人と人が平等に協力するゲームであることが殆どである。対立型であろうとも、「人」同士最低限の礼儀を忘れるようではいけないだろう。 親しき仲にも礼儀あり。 礼儀は大事だ、いついかなる時と場合においてしても。
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2022/05/24 23:50[web全体で公開] |
😶 役割を演じる(RP)とは 初心者は言う。「ロールプレイが難しい」と。 偉大な先人は言う。「ロールプレイとは『演技』をするというよりも『役割』を演じることである」と。 自分用のまとめみたいなものなので、実際に「エ゛ンッ…ロールプレイ難しいよぉできないよお」といった初心者の方はこんな日記を見ずにグーグルの検索欄に「TRPG ロールプレイ」とでも打ち込めばいいと思う。 いい感じにわかりやすく説明した記事がたくさん見つかるので。やはり先人は偉大だ。 ロールプレイ。なりチャという界隈からの人は驚くほどアッサリやってのけるやつだ。まあだからといって、全くの未経験者もロールプレイが難しいので止めますなんて悲しいことにはなって欲しくないもので。 ロールプレイなんてものは結局演技じゃないんだよー、演技できないとか関係ないよーといった意味合いの言葉なわけであるが。 私はその文字列を見て思った。「役割を演じるって何だよ」と。 結局演じてるじゃねえか。 冗談はさておき、この言葉に対する個人的解釈は「自分の動かすキャラクターに何ができるかを念頭に置き、動ける場面ではしっかり動く」ということだと思っている。 チェスのコマにもカードゲームのカードにも役割がある。 もっとわかりやすく言うとRPGだ。RPGには大抵、勇者と、魔法使いと、戦士と、神官辺りがいるもので。 それ以外の役職もあるがざっというとこんな感じで、どの役職にも「得意、不得意」ってものがある。 勇者はそこそこの魔法やダメージリソースを持つ中間的かつ器用なタイプ。魔法使いは大抵打たれ弱いものの、強力な魔法を繰り出す固定砲台。戦士は潤沢なHPと凄まじい破壊力を持つ純アタッカー。神官は回復が得意。ここが落ちるとジリ貧になるためか、ある程度HPが高いのもよく見る。 これはTRPGにも考え方を応用可能だ。クトゥルフ神話TRPGに例えると、「探索し情報を集めるのが得意な探偵、高い軍事知識でチームを守ってくれる軍人、医療知識を持ち、他者の精神や時に怪我も治療する精神科医」といった具合に。 勿論これに頼りすぎてもいけないのだが、大体ステータスの割り振りや技能値の割り振りもこういう感じになるようにシステムができている。 ヒーラー、アタッカー、サポーター、スカウト……。 簡単に分類してみれば、自分の手持ちのキャラクターがどういった状況を想定してビルドされているかが分かるのではないだろうか。それがわかっていれば、間違いなく「動くべき時」というのは来る。 探偵ならば、隠された情報がありそうな場所に来た時。軍人ならば、敵意ある存在に襲われた時。精神科医ならば、仲間が傷つき、精神が崩れかけた時。だいたいそういう「時」が来る。 「『役割』を演じる」という言葉は、そういう時に名乗りを上げられれば問題はないと言いたいのではないかと思う。 たぶん、何も難しい話ではなく、「目の前に怪我して助けを求めている人がいます!」ってときに医者キャラが全く沈黙してぼーっと突っ立ってるとかじゃなければいいのである。これも助けるか否かはケースバイケースではあるが、大体は仲間が怪我を負っている時にザキ、ザラキ、ザラキーマ撃ってるようなヒーラーじゃなければ大丈夫なのだ。 カードはしかるべき時に出すもの。TRPGの協力型は、いうなればプレーヤー全員が持つ手札を組み合わせて勝ちに行くポーカーゲームのようなもの。……というわけでもないけれど。 それはそれとして、やはり相手を説得する時には「じゃあどういうふうに説得しますか」と要求されがちなので。 というか「じゃあ説得するので理由もなしに状況を変えてください」は流石に無茶苦茶なのは言うまでもないことであるため。 そっちの「演技」というか「リアル説得・言いくるめ」技能は初心者のうちは諦めておくのが無難だろう。 上手い人はKP丸ごと言いくるめてくるのだから恐ろしい。
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2022/05/20 22:20[web全体で公開] |
😶 自由と不自由の境界線ーディバイディングラインー クトゥルフ神話TRPG30ページ。イントロダクションの最後にいい言葉がかいてある。 「TRPGとは『社交』そのものである」と。 こういう言葉にTRPGをする前に「触れて」欲しいから、私はTRPGをするのにGMくらいはルルブを所持しておくべきと思う派閥だ。 閑話休題。 TRPG……テーブルトークでゲームをする以上、いかに自由にしたくともやはり他者という別の意志を持った存在に動きを縛られることはある程度否めないというのは結論としてある。 どんなプレイも自由であることが何よりも魅力のゲームなのに「自由にできるとは限らない」というのはなかなか難しい話だろうけれど、結局はそうなのだ。 リプレイ動画なんかであるような笑えるほどひどいオチやプレイングも外野だから笑えるのであって、実際同卓でさほど仲良くもない人がいきなりそんな動きしてきても対応できないし困るってことの方が多いだろう。 ようするに、ルーニーするにもマンチするにもリアルロールプレイするにも全然構わない。が、あまりに頑ななプレイングは結局できないということを各自認識しておくべきだと思う。 我を通したいならマ〇ンクラフトでもやればいいわけだ。マイクラで山をTNTで大爆破して更地にしようがソロプレイなら一向に構わない。だが、TRPG上で完全に一人だけの判断によって何かを崩壊させたりしてはいけない。 それにも例外があって、相当仲が良く気の置けない友人でもいて、「え、シナリオで爆発落ちしたい?いいよ^^」なんて夢のように都合のいい話でもあってのことなら全然かまわないだろう。 自由でありながら不自由。TRPGの限界だ。 マンチやルーニープレイヤーにはつらい話かもしれないが、他の人と相談して可能な範囲で自分の好きに暴れればいいわけだ。本人たちが悪いわけではないとは思いたい所存だが、よく見るルーニーやマンチといったプレイングの問題というのは「自分で勝手に」ということから生まれているのが多い気がする。 何も言わずにやりたいことだけ通したらそりゃ齟齬も生まれよう。 TRPGは社交である。 他者の声を聞き、他者とうまく折り合いをつけないことには始まらない。 それが出来て初めて、社交そのものであるゲームは成り立つのだと思う。 要するに、テーブルトーク、いっぱいしようね♡
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2022/03/21 16:13[web全体で公開] |
😊 一本道シナリオでも構わないと思うわけ 私が現状作成している自作シナリオの文字数、だいたい1万5000文字。 ぴくしゔの方に「欺くものの処分場」だの「蝕む魔の手」だのとついて公開されているのがそれだ。 どちらもデカめの報酬というか、取得物があるので使用に関しては注意であり、出来れば継続探索者へのたまのご褒美に使ってほしい、使いたいという思いから作成した。 というか別にそれくらいあってもいいじゃんくらいの気持ちである。後で苦労する?知らん。その分難易度上げるからいい。回復呪文持っててくれればこっちは安心してライフルとかバケモン持ち出せるからな。 閑話休題。 まぁ言ってしまうとどちらも一本道シナリオだ。エンディングは数種類あるものの、目的が与えられ、それを達成するか否かのみだ。 CoC界隈だと何かと揶揄されているらしいが、だから何だと思っている。 吟遊シナリオと一本道シナリオを同一視しないで欲しい。 至って普通のシナリオを飾ってくれるのはシナリオでは無い。プレイヤーだと思っている。 むしろこちらは独特な味のするゴテゴテ料理など出す必要は無いのだ。 いや、そういうシナリオをたまに回すのも充分楽しいと思うけど。カロリーとボリュームがデカすぎる。なので、たまにでいい。 下手にそういったものを作ろうと頑張らず、ただ普通の、そして美味しく食べられる程度のラーメンを出せばいい。 そこに塩コショウ加えたりらっきょうつけたりするのはいつも客のすることだろう。 チャーシューが足りないから増やしてくれと提供者(ここではキーパーだろう)に頼んだり、ネギをもっと増やしてくれと頼んだりして味の調節をして自分にとって美味しいラーメンに調整するのは客(プレイヤー)のやることで、こちらがご丁寧に用意してやることは出来ない。常連でもなれば話は違うかもしれないが、相当の時間を共にした相手でなければ無理だろう。 エンディングが少ない?上等。 増えるべきはエンディングでは無いと思っている。 どうせ同じシナリオのエンディングなど何度も回して回収しに行くことは少ないだろう。だからだ。 ラーメンの食べ終わりの汁の味は、客がそれまでに調整した味がする。 つまり、なにかエンディングに関わるとするなら、シナリオの中途でプレイヤーが起こした行動によって変わるのだろう。 ただの情報提供者NPCの未練を晴らしたり。NPCと交流を深めたり。 そういったことでも、充分シナリオは美しくなる。深くなる。 そういうスキルをプレイヤーに強要する訳じゃないし、シナリオに無理矢理逆らうことを推奨する訳でもないけれど、やっぱりいいセッションを作るのは、良いプレイヤーと良いGMが揃ってこそだと思うわけだ。
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2022/03/16 04:48[web全体で公開] |
😶 シナリオに沿う必要 こんな言葉がある。 「シナリオは素材、料理人はKP」 要するにシナリオはただの材料なのだから、卓によって変えてしまったっていいのだという言葉である。 まぁその言葉をどこまで扱うかも各KP次第となるけれど。 あんまりに下手な改変をすると味が損なわれるのは料理と一緒だ。 私がこれについて考えさせられる、あるPLの投稿があった。 あるPLはシナリオ中、自分と関係の深いNPCを犠牲にしなければ他PCも全員ロストという酷い憂き目にあっていた。 そして、結局そのPLはロールプレイを優先してしまい、PC全ロスという結果を招いて悲しい気持ちになってしまったということだった。PLは懺悔の気持ちと共に吐き出していた。 だがそれを見て私は疑問に思った。この場合、悪かったのはそのPLだろうか? 結論を言うと、私はシナリオかKPに大問題があったと思っている。 PLが苦痛を感じかねないような選択肢を強要させるシナリオというのは多いが、あんまりにもあまりだったのではないだろうか。私は理解できない。 シナリオに「絶対に死ぬ」とでも書いてあったのかもしれないが、そのプレイヤーとプレイヤーキャラクターの心情をないがしろにしてまで強制すべきものだっただろうか? そして結果、そのPLは一人「全ロスを招いた」という烙印を押され、愛着のあるNPCの死と、同卓のPL,KPからの白い目という理不尽な烙印を背負っている。 NPCを犠牲にしないという選択をしたのは確かにそのPCだ。その決断が全PCをロストさせたというのも確かかもしれない。 だがもっとさかのぼって考えると、「PCの一人が犠牲に出来ようもない立場のNPCを目の前で死なせるか足掻いて全員死ぬか」なんてひどすぎる選択肢を考えたのは誰だろうか。シナリオかあるいはKPだ。 テーブルトークアールピージー。略してTRPG。「ロールプレイ」という言葉は、ルールブックの中で重要なものとして何度も登場している。別世界の中を、自分の思うさま作ったキャラクターで自由に旅し、自由に言動を行う。これこそがTRPG最大の魅力でもあるからだ。 プレイヤーはそのゲームの中で、自分の役割をプレイする。確かに、プレイヤーはプレイヤーキャラクターとは別で考えなければならない。プレイ中、プレイヤーはあくまで「解決」や「解明」に向けてコマを動かす必要がある。 だが、これに至っては選択肢があまりにも不躾で不謹慎だったと言いたい。 これが映画なら、作中何が起こってどんな気持ちになろうと、もう作られてしまっており結末が変わることはない。視聴者はただ椅子に座って飲み食いでもしながら眺めていることしかできないから、故に一歩引いた目線で楽しむことが出来ると言える。 だがその時、そのPLは映画を見ていたわけではない。大げさに言うようだけれど、その時PLは自分の決断ひとつで作中の人間の命を左右するという局面に曝されていたわけだ。さてどんな気持ちだろう。 現在進行形で紡がれている物語の演者ともいえるプレイヤーは知っている。望まない選択をとらなければ、自分たちにとって余計に不利益な状況に陥ることを。だがそんなことはプレイヤーキャラクターにはあくまで関係のない話だ。どんな危機が目前まで迫っていようと、目の前にいるNPCは自分の大事な人であり、おいそれと知りもしない結末と一緒に天秤にかけられるわけがない。その結果、選択した答えが最悪の結末を招いたとして、それは間違いだろうか? 私はそうは思わない。 「命」の取り扱い方はひとそれぞれで、そのゲームがどうだろうと、個人の価値観を押しつけるような真似は決してしてはいけない。結末がどうにもできなかったとしても、その場合は傷心のPLのケアをするべきだ。少なくとも与えてしまった苦痛への配慮が必要だ。 プレイヤーはシナリオや、キーパーが望む展開を実現するためにプレイするのではない。自らが望む結末に辿り着けるよう試行錯誤して、楽しむためにプレイするのだ。何をしようと結末が変わらないようなシナリオは、それこそ駄作だ。 私はシナリオ中の「命」の扱い方に関しては、それなりに気を付けて作ることにしている。プレイヤーの性質によっては気にする必要もそんなにないのだけれど。それでも一応、作品の中での命の扱い方が不和を呼んでしまうこともあるのは、人によって命そのものに対する考え方が全く違うからで、そう軽い気持ちで軽々しく扱っていいテーマでもないというのが事実だからだ。 PLが楽しめずシナリオ展開で悲しみを背負ってしまった時、それはKPやシナリオライターの責任でもあると思う。
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2022/03/15 12:46[web全体で公開] |
😶 RPの範疇、迷惑プレイの範疇 ロールプレイの範疇。 まぁ人によって違うし、それこそ相性ってこともある。 ロールプレイの範疇としてやったつもりが同じ卓メンに迷惑プレイと思われているとかある。 ロールプレイに時間かけすぎとか。なんか変なロールプレイしてるとか。特に面白くもないルーニープレイが多過ぎるとか。 そういうのを全部ひっくるめて解決する方法。私が思うに、やっぱりPL内でのコミュニケーションしかない。 「PLとしてはこう動きたいんですが、PCはちょっとここで動きづらくなっちゃってるので、こういうロールプレイを挟みたいです、良いですか?」とか GMによる「PLさん、少し時間をかけすぎな気がするので、今何も目的がないなら進んでいいですか?」とか 「あ、そのロールプレイは認めません」とか。 それさえあれば解決できたんじゃないか、まぁ解決できなかったにせよ、何らか学ぶ収穫はあったはずだ(困ったちゃんだったな、以降避けようとか。ああいうロールプレイは控えなきゃな、とか) GMが全部手綱を握って正しい方向に導ける卓はそんなにない。(マジしんどいし) PLも卓に参加している以上、自分の意見をどんどん言った方が丸く収まる。 ……と思う。 ここから後は追記というか応用だけど。 よくいる長考で黙り込んでしまうタイプ。 ただ本人は悪気がないから、迷惑と言うには少しそれ未満なところがある。思考に使う時間は人それぞれだからだ。 が、私がGMだと非常に困る。 何考えてるのか、どんな情報が欲しいのか、ノーモーションで立ち止まって考えられてしまうとにっちもさっちも行かない。 ただ私がPLの時はそんなに警戒もせずつい好奇心のまま色々突っ込んでいってしまうので、警戒を怠らない慎重な行動やたまに鋭い推理が助けになることもあるPLさんだ。 私がPLの時、黙って答えを待つのではなく、「私はこっちに行く事に一票入れます。今はこことここに行く候補がありますね、どっちに行きますか?」と言う。すると何かしら言ってくれることが多い。 「聞かれて」いるからだ。 上手いGMだと、その時咄嗟に何かしらアドリブでモーションを入れてくれたりする。 そうなると長考タイプの思考は早くなる。 長考タイプの頭の中を私は知らないが、「今何に悩んでます?」「こういう候補がありますけど、どういう条件で悩んでます?」と聞いた方がいい。それがないと、なんなら永遠に迷う。多分、思考が纏まらないんじゃないかと思う。 私がGMの時は最序盤で長考はいられた時はなんなら問答無用で「ここには何もありません。進んで下さい」という。それよりかは私もやりやすかった。 PL発言が賑やかな卓ほど楽しく、静かな時間が多い卓ほど感情は静かになる。 私はそんな考えで卓に参加している。