ローラ(ｽｶﾉ)（歯車の塔の探空士 冒険版用キャラクターシート）

「どうして空の果てを目指すかだなんて
　君は随分ナンセンスなことを訊くね」

「ちょっとこの本を持ってみたまえ」

「何の本かだって？
　タイトルが書いてあるだろう
　『門無き門を抜けよ』って」

「意味がわからない？
　読んでみればいいじゃないか」

「この本に空の果てを目指す理由が
　書いてあるのかって？」

「ははは、ニブいね君は。
　本を手にしたら何が書いてあるのか
　読んでみたくなるものだろう」

「見たまえ、あのどこまでも続く空を。
　あれは読み終えていない本さ」

「結末には何が書かれているんだろうね。
　わくわくするだろう？」

「うん？　しない？　おかしいな。
　君は一度医者に診てもらった方がいい。
　好奇心や探究心の欠如は重大な異常だよ」

ヴィクトリア・シティ上層のはずれ、
アンティークの多く暮らす区画。

そこにいくつか屋敷を構える
エンフィールド家門の分家のひとつ
右館エンフィールド家の元当主。

理屈屋でマイペース。
長いものには巻かれる主義だが
親戚たちには意地を張る。

そして、知的好奇心と探究心だけは
決してブレない芯となっている。

両親も祖父母も他界しているため
まだ若い彼女が当主を務めていたが、
右館家は一族の鼻つまみ者である。

原因は祖父と父にあるものの、
彼女自身も良く思われていない。

家を継いだ時点で右館家に収入は無かった。
分家を潰す気でいる本家から支援は無い。
他の分家は乗っ取りを画策している。

つまりは困窮していた。
使用人はすべて解雇せざるを得なかった。

売れるものは書物以外
あらかた売ってしまった。

先祖伝来の貴重な品々を手放したことで
一族から更なる不興を買った。

かくなる上は館など誰かにくれてやり、
夢だった探空士として空の果てを目指そう。

そう考えたローラは左館家の大伯父を
口八丁で丸め込み、右館家当主の座を
又従兄に譲り渡す約束で伝来の家宝
「ザカリオンの転移石」を貰い受けた。

数日後、大量の書物を積んだ荷車を引いて、
彼女は航空ギルドの門を叩いた。

祖父のベンジャミン・エンフィールドは
血統主義のアンティークにとっての禁忌を犯した。

アキツシマ旅行に行った際に
現地で結婚をして帰ってきたのだ。

そもそも旅行などというものが
保守的なアンティークらしくないのだが、
非アンティークを、それも他塔出身者を妻にするなど
前代未聞の珍事であった。

破天荒な祖父だった。
ローラは大空を旅した思い出を
楽しそうに語る祖父が好きだった。

エキゾチックなアキツシマの話を聞かせてくれる
優しいフローレスの祖母も好きだった。

だが、父ウィリアムのことは嫌っていた。
父を厭いながらも血筋のために嫁いだ母
ジョセフィンのことはもっと嫌いだった。

母は祖母をあからさまに邪険にし、
純血でない我が子に冷たかった。

実母が夭折したことを喜ぶ娘という構図は
悲劇と言わざるを得ない。

そして父はというと、自由人だった。

祖父にはまだ家を守る気概があったが
父は家族を顧みなかった。

私財を投じて船を建造し、
探空士になってどこかで死んだ。

ローラも祖父母も父がいつ出港し、
どこで消息を断ったのか知らなかった。

どこをほっつき歩いてるのか
愛人でも作ってそちらで暮らしているのか、
そんな風に思っていたある日突然、
航空ギルドから死亡推定通知が来たのだ。

怒りが湧いたが、その泉源は嫉妬だった。

自分同様、祖父の冒険譚を聞いて育ったであろう
父が空の旅に憧れたのはとても理解できる。

だからこそ、好き勝手に旅に出て
無責任に死んだことに腹が立った。
自分だけずるい、と。

もちろん、酷薄な母から
祖母を守らなかったことへの怒りもある。

やがて祖母が死に、祖父も死んだ。
祖父のコネクションが切れたことで
経済的に困窮することになる。

先祖伝来の家財も多くは父が売り払ってしまっていた。
残されていたものはあまり高く売れなかった。

使用人たちを解雇した際には
路頭に迷う彼らの怨嗟に胸を痛めた。

左館の当主、大伯父クリストファーが資金援助を餌に
孫デイヴィットとの縁談を持ち掛けてきたが、
一族から養子をとることという条件付きだった。

デイヴィットもローラに好意を抱いていないことは明白。
なんなら結婚後に暗殺される可能性すらある。

そんな条件を飲むぐらいなら右館そのものを大伯父に
売りつけてやることにした。

対価に求めたのは魔法の道具「ザカリオンの転移石」。
エンフィールド家門に伝わる名品のひとつだ。

クリストファーはかなり難色を示したが、
ローラは大伯父の不都合な事実のあれやこれやを
調べ上げた上で交渉に臨んでいた。

かくして、彼女は自由を手に入れた。

父への反感が無ければ
もっと早く真似していたかもしれない。


なお、売らなかった蔵書は航空ギルドに貸与している。
ローラが空の藻屑になればギルドに寄贈されるだろう。
貴重な書物を担保に色々と融通をきかせてもらったのだ。