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😶 キャンディ・レイン ちょっとあとのこと (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼) 春の雨が、昔から好きだった。 あたたかで、静かで、全てを洗い流してくれるような、そんな雨。それを降らせる雲も、毛ばだった灰色の絨毯みたいに憂鬱なものじゃない。体の奥の何かがうずうずと落ち着かなさげに身をくねらせるような、そんな春の興奮を帯びて、雨粒も昔懐かしい水色のドロップスのように、きらりきらりと輝いている。 だから、きっと、こんな日は、傘もいらないのだ。 そんなわけで、彼の四十九日を終えて帰路についた私の喪服はすっかり濡れて、袖からはあたたかな水が滴っていた。河川敷を歩く私の横を、突然の雨に降られた人々が慌ただしく通り過ぎていく。真っ黒な礼服に似合わずずぶ濡れで、そのくせ少しも急ぐ様子のない私を、彼らは皆怪訝そうに見てくる。そんな視線気にならないと言いたかったが、やっぱりちょっとだけ気まずくて、私は縮こまるように道の端に寄ってしまった。 学生時代の私なら、彼が隣にいて無敵だった私なら、もっと真ん中の道を行けただろうか。 そんなこと、考えたってどうしようもないか。そう息をついて、わたしは地面を打つ雨の音に耳を傾ける。さあっとしたかすかな音にも、よく聞けば細かな粒がある。アスファルトをたたく連弾が、どれだけ不規則に聞こえても、そこには一定のリズムがある。三拍子、メヌエット・ワルツ・マズルカ。雨、飴、アメ。 私の意識は、素朴で調子はずれで、でも美しいリズムの中に落ちていく。 ***** 「何をぶつぶつ言ってるの?」 ふっと気がつくと、そこは大学の学生食堂だった。その景色が当然連想させる学生の大群と、彼らの起こす大音響の予感に私は思わず耳をふさぐが、その場所は案外とそう騒がしくもない。辺りを見回すと人はまばらで、どうやら昼休みを過ぎた時間らしかった。 それから私は自分の着ている服に目を落とす。いつもの趣味と同じく飾り気のない服……そう言いたかったが駄目だった。田舎娘が無理をして飾り立てようとして失敗したような、目を覆いたくなるような服だ。 酷いセンスの服、目の前にはノートパソコン、人気のない時間の学生食堂を選んで逃げるように作業をしているとなると、後は簡単だった。これは私だ。大学二年の、まだ何にも馴染めず、記者を目指すと言いながらあてもなく、ふらふらとしていたころの私。 「ねえ、無視はひどくないかな」 その言葉に、私は先ほどから私を呼んでいた声の主に目を向ける。その先では、端正な顔立ちで、どこか朴訥とした表情の青年が、怪訝そうに私を見ていた。その顔にすぐにでも泣き出して抱き着いてもいいところなのに、私の体はこわばったまま、顔が勝手にその眉を顰め、口はかってにそっけない言葉を紡いだ。 「何か用?」 「いや、さっきから一人でぶつぶつ呟いてたから、何なのかと思ってさ」 「別に」 ──そう、普段ならそこで会話をきってしまうところなのに、その日の私はさらに続けて言ったんだ。彼のかわいらしい顔立ちにつられてだったか、まるで悪意を感じさせない話し方のせいか、もう忘れてしまった。 「……トレーニング、してた」 「なんの?」 「語彙を増やすための、ちょっとした連想ゲーム。何かを見たら、それから思い浮かんだ言葉を三つ並べるの」 「例えば?」 「えーッと」 そう聞きながら、彼はごく自然に私の向かいの席の椅子を引いて腰掛ける。随分なれなれしいが、その時の私は自然と彼を受け入れることができた。 そのとき、私の耳に水音が届く。外に目を向けると、雨粒が窓を打ちながら。ぱらりぱらりと音を立てていた。私は黙って、それを指さす。 「雨、飴、キャンディ、ドロップ」 「それって、ほとんどただの言い換えじゃないのかな、二つ目の時点で別に雨関係ないし」 「……」 唇を尖らせ抗議するような視線を返す私に、青年はくすりと笑った。 「まあ、それでもいいのかな。そういえば、僕の名前も雨って言うんだ。偶然だよね」 それからの記憶はおぼろげだ。名前と学年を告げた私に、あれ、先輩でしたか、と屈託なく笑った彼の笑顔だけ、よく覚えている。 ***** 気が付けば、私は河川敷のベンチに腰かけていた。どうも泣いていたらしいが、雨に濡れたおかげで、それも周りにはきっとわからないだろう。 あの出会いから、私と雨はよく行動を共にするようになった。最初の内は彼が声をかけてくれていたけれど、後はほとんど、私が彼を引きずり回す格好だった。彼は喜びを見出す天才で、私の脈絡のない連想ゲームに、いつも笑顔できれいなオチをつけてくれていたっけ。 彼がついてきてくれると思うと、いつも不思議と勇気が湧いてきて、私は無敵になれた。 あの時彼は私のことを「諦めないで真実に突き進むひと」なんて言ったっけ。それも、諦めが悪くて負けず嫌いなダサい私のことを、彼がそう呼んだのだ。彼がそう呼んでくれたから、私はそんなふうになれたのだ。 卒業してから入った新聞社をすぐ辞めてしまったのも、口では色々と格好のいいことを言っていたけど、結局、一人ではうまく“無敵”になれなかったからだ。素晴らしい日々が過ぎた、エンドロールのその先で、一人で生きていくのがこわかったからだ。ずっと、彼が言ってくれるような、まっすぐで強い私の夢を見ていたかったからだ。 「……置いてくなんて、ずるいよ。」 いつも大人しくついてくるくせに、肝心なとこでわがままなんだから。私はそう呟いて、ベンチから立つ。その拍子に、視界の端でふっと青い花が揺れ、私は思わず足を止めた。 ***** アパートは、いつもより物寂しく感じられた。ずぶ濡れの服を脱ぎ捨て、清潔で乾いたシャツを着る。頭をタオルで拭きながら、雨の化粧を拭き取って鏡に向かうと、そこには泣きはらした瞼を抱えて、ずいぶんと頼りなさげに震える、大人になってしまった女が映っていた。 指でフレームを作って、鏡に向けてみる。それを通して映る顔も大して変わりはなかったが、それでも少しはマシに見えた気がして、私は無理に唇を引き上げて笑った。 彼との別れ際、あの扉の前で、こうして彼のことを写したっけ。指のフレームと、瞼のレンズ、彼の屈託のない笑みは、今でも脳裏に焼き付いている。 ねえ、雨、私、寂しいよ。 でも、もう、前に進まなくちゃ。だって、あなたの言葉は、とってもきれいで、あなたの語る私は、とってもかっこよくて──夢で終わらせるには、あんまりにも勿体ないから。 居間に戻ると、ラジカセを操作し、最近聞くようになったアイドルの曲をかける。きらびやかな音楽に身を浸しながら、私は目の前に吊り下げられたコルクボードを見やった。とある事件で知り合った仲間たちとの写真に、私の口元に笑みが浮かぶ。 ──静葉さんなら、いつか、世界も救っちゃうんじゃないかって気がするよ。 うん、雨。私、世界だって救ったよ。思っていたよりずいぶんと不格好な形だったけど、そういうことを、ちょっとだけできたから。 だから、まだ、夢が覚めても、まだ進んでみるね。 そのコルクボードの隣に、私は水で満たしたドロップの缶を置く、活けるのは先ほどベンチの脇でつんだ花だ。綺麗な雨の色。あのキャンディとおなじ透き通った青の花。 その花からいつものように連想を広げようとしても、口から思うように言葉は出てきてはくれなくて、その代わりのようにあふれてくる涙を、私は思い切り拭う。 静葉さん、そんなに泣き虫だったっけ。揺れる花の──ワスレナグサの青いはなびらにそんな言葉をかけられた気がして、私は、ちいさく、うるさい、と、言った。 〈おわり〉 というわけで、先日のCoC「キャンディ・レイン」(KP:小笠原ナカジ様)に参加したマダラのPC:青桐静葉の後日譚でした。生きて、前に進むけど、あんなわがまま言ったんだから、私にももう少し泣かせてよ。 僕の後にナカジさん卓で同セッションにいった方の後日譚とやってること被っててわああああああとなってます。缶に花、活けるよな。わかる。静葉が選んだのはブルーのワスレナグサでした。 いやあ、とっても切なくて、綺麗なシナリオだった。静葉とNPCの雨くんとは大学の先輩後輩で、静葉が雨くんを連れまわしてた感じのイメージだったんですけど、今回とにかく彼女の出目が良くて、ずっとずっと成功キメてたんです。ああ、彼と一緒にいたころの学生時代の彼女はこんな感じで無敵だったんだろうなと思って、その輝いていた思い出を抱きしめながら、それでも前に進む感じの後日譚になりました。あと、彼女はやっぱり淡い恋のような気持ちも雨君に抱いてたんじゃないかな。テーマソングはきのこ帝国の「夢見る頃を過ぎても」。 彼女はとあるちょっと大きめのシナリオを通過した子でして、その要素もちょっとだけ後日譚に盛り込んでます。あのシナリオの後で雨君に「静葉さんなら、いつか、世界も救っちゃうんじゃないかって気がするよ」っていわれちゃったら、ねえ! こうなりますよ!(伝わる人にだけ伝われ)。別れ際に、雨くんの顔を指で作ったフレームに収めたのも、静葉にしかわからない、特別な思い出のつくり方でした。 そんなわけで、ここで新たな思い出を得た静葉の物語は、まだまだ続いていきそう。あの子の声を覚えておく耳と、彼の笑顔を覚えておく目を携えて、彼女にはこれからも頑張ってほしいものです。 それでは感想はこのあたりで、KPの小笠原ナカジ様、改めてありがとうございました。さんざん悩むPLに辛抱強く付き合って、時には助け船も出していただいてありがとうございます! よければまた遊びましょう!
> 日記:キャンディ・レイン ちょっとあとのこと 青桐さん!青桐さんだったんだ!うわー、おおお、伝わった。そして活ける、わかる。あと伝言聞きました(笑) 卓詰まってる理由がわかる伝言でしたね!お疲れ様でした!明日も頑張りましょう!
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