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😶 知らず、悟らず、されど見澄ます。 ちょっとあとのこと (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼) 教室の中に夏の気配を含んだ青い風が吹き込み、カーテンを揺らした。普段は頭の上を通り過ぎていくその風は、僕の頬で止まって、いい加減伸びすぎた前髪を巻き上げる。 と、僕のノートに影が落ちる。見上げると、数学教師の男がこちらを見下ろしていた。僕の居眠りを注意するという、岩を運ぶシシュポスも悲鳴をあげそうな終わりのない苦行に未だめげていない男だ。 「おお、高視、起きてるのか」 「寝てたことなんてありませんけど」 こともなげにそう返す僕に、左隣の席で貴子さんが噴き出す。そちらに鋭い視線を向けてから、彼は物差しで僕の頭をこつんと小突いた。 「調子に乗るなよ。まあ、受験が迫って意識が変わったようで結構」 そう言い残して教師が去った瞬間、僕はノートの下に隠していた原稿用紙を取り出す。そのよどみない動きに、貴子さんがまたくすくすと笑った。 ***** 風にさらわれた僕の処女作は、一時期SNSで多少話題になったものの、すぐに忘れ去られてしまった。当時どんなに自分でうまく書けたと思っても、改めて見てみれば文章や話の組み立て方は素人丸出しで、風が運んできた原稿用紙というポエティックなリボンで飾られていなければ話題にもならなかっただろう。 インターネットにはびこる匿名を装った羊たちによると、僕の小説は、『面白いが何かと話が飛躍しがち』であり、ヒロインを襲う悲劇は『とってつけたように陳腐』で、そして何をおいても『主人公が女々しくてやっていられない』らしい。 まあ、気持ちはわかる。読者の立場なら僕も同じことを言っていた。けれど、事実は小説より奇なり、ということなのだろうか。よりにもよってこの僕がそんなことを思うなんて、皮肉な話だ。 クラスの端で机に突っ伏していても、教室の誰よりも物が分かっていると思っていた、悟れると思っていた僕はもう死んでしまった。 いや、今回の事件を持ち出さなくったって、そういう少年はとうの昔に居なくなっていたか。冬音さんと貴子さんが、僕を狭い世界から引っ張り出してくれた。 そして、この町に潜むもの、あの路地の向こう側にいるものついて、その片鱗も僕は知ってしまった。いや、本当なら今すぐにでもどこか県外に進学したいところなのだが、それも約束が許してはくれない。 夏が近づき、もうすっかり日も長くなって、夕方の図書館にはまだ眩しい日差しが差し込んでいた。なじみの司書さんに挨拶をして、僕はいつも行く小説の棚とは違う、普段はいかない場所に向かった。 そこに並ぶのは、法律書であるとか、或いは子どもの虐待に関する本だ。 小説は書きあげたけれど、あれは僕と貴子さんの物語だ。あの子の話じゃない。あの子の話は、僕にはまだ全然わからない。 何があったのか、なんで何も言えなかったのか、僕たちに何ができたのか。今でもまだわからない。 だから、何もかも悟ったようなふりはやめた。あの鏡はもうほとんど用をなさない、ひび割れたただのお守りになっているけれど、それでいい。ちゃんと全部を自分の目で、見て、観て、視ないといけない。 目当ての本を手早く見つけ出して積み上げてから、僕は今日の授業中に書いていた原稿用紙を取り出す。こればっかりは貴子さんにも秘密だ。彼女が白雨くんの夕ご飯を作り終えて、すっかり定例となりつつある読書会のために図書館に来る前に、全部済ませてしまわないといけない。 「さよなら泣き虫、ただいま歌姫」だっけ? ねえ、作者として言わせてもらうけど、あのタイトルさ。センスないよ、マジで。 だってあれは、断じて君の話じゃないから。僕たちの話だから。勝手に取らないでよ。 君の“ただいま”は、君以外の口からは聞きたくないよ。 だから、それをいつか聞かせてもらうのを楽しみに、僕は新しい物語を紡ぐ。“おかえり”の話を。 大丈夫、いつ君が戻ってきてもいいように、僕たちがあの時とイマを忘れないように、栞は挟んでおくからさ。 そう呟いて、僕は一枚の原稿用紙を折りたたみ、図書館の窓を開く。この時間、ここに他に人はおらず、窓からは僕らの町が良く見える。 ひゅう、夏の始まりを告げる風にが吹き抜けるのに合わせて、僕は手の中の紙飛行機を放る。 その小さい、けれど確かな軌道が入道雲に突き刺さるのを眺める僕の目から、いったい誰のところからサヨナラしてきたのだろうか、泣き虫が顔をのぞかせた。 はい! というわけで、先日行われたセッション、「知らず、悟らず、されど見澄ます」(KP:時雨さま)に参加してきたマダラのPC:高視悟の後日譚でした。 いやあ青春でした。ちょうど高校生探索者やりたいなと思ってたところに特上の物語をぶつけられて感無量といった感じです。前半の2時間に及ぶ日常パートも、KPとPL二人で「こんなこと高校のときあったよね」「あったあった」なんて言いながら進められてとても楽しかったです。一つ一つが本当に眩しくて、でも下らないんだけど、本人たちはそれに無自覚で、本気で悩んだり言い合ったりしてるところも青春って感じでしたね。 自PCの文学少年、高視はどうにも格好のつかない奴だったけれど、必要なところで必要なことを言って、りちゃさん宅の貴子さんに繋いであげることはできたんじゃないかな。自分のうだつの上がらない少年時代を彼に重ねてたので、最後の「制作:小説」は「失敗しろ失敗しろ失敗しろ」って言いながら振ったんですけど、見事にクリティカル出されましたね。僕のPCたちは僕よりずっと強いなって思います。 あとはテーマソングの「おやすみ歌声、さよなら歌姫」はマダラも高校生の時に死ぬほど聞いたりバンドでコピーしてた青春のアンセムだったので思い入れもすごかったですね。今回の後日譚のテーマもおんなじクリープハイプの「栞」かな。「風に吹かれて」でもいいなあ。 ではこのあたりで。改めまして、KPの時雨さん、同卓してくださったりちゃさん、ありがとうございました! ぜひまた高天原で遊べたらと思います!
> 日記:知らず、悟らず、されど見澄ます。 ちょっとあとのこと ただ、良いね、と一言だけ。
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