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😶 掌編「ある登山家の独白」(CoC・邪神の山嶺 より) (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)5/5にエンディングを迎えました、まだら牛様作成「狂気山脈~邪神の山嶺」のセッションを走る中で、 どうしても書きたくなってしまったので執筆させていただきました。 許可をくださったシナリオ制作者様、KP様、PL様お二人、ありがとうございます。 シナリオの重大なネタバレが含まれた内容です。 また、作中NPCへ二次創作的に人格と名前を付与させていただいています。 かみさまにけっしてわすれられることのない、おおかみのこども。 エレメンタリースクールで「己の名と姓のルーツを調べろ」と課題が出た。 アルフレッドは「良き助言者」、リーは「獅子」から転じたもの。俺の名前かっこよくない?やったぜ。お前はどうよ、と横で調べていた幼馴染をつっつくと、そいつはにっと金色の瞳を煌めかせて、こう言った。 「ザカリーは、『神は我らを忘れじ』。ロペスは、『狼の子』」 ザカリー・ロペス。 俺の幼馴染で、親友。 先祖代々が猟を営む家系に生まれたからか、はたまた本人の資質か、少しばかり体力と筋力に優れる。器用さと身のこなしはあくまでも人並み。頭の回転は速いが、わりと怖がりで泣き虫。あと若干チビ。後半の三つを言うと蹴ってくる。曰く、「お前がやたらタフにでっかく育っただけだ、ばぁか」とのこと。 親同士も長い付き合いで、ガキの頃はお互いを親戚なんだと勘違いしていたほどに付き合いは濃い。赤ん坊のころから何をするのもだいたい一緒だったし、同じエレメンタリースクールに行って同じジュニアハイに行って同じハイスクールに行って、初めてキャンプした時も初めて登山した時も初めて3000m級の山に登頂した時も初めて登頂しきれず撤退した時も、みんなみんな一緒だった。 飽きもせず赤ん坊のころから一緒のせいか、はたまた野山を駆け巡る中で備わった能力か、やたら俺に対しての察知力が高くて、どこにいても見つけにくる。ガキのころ迷子になった時も、ティーンのころ親と喧嘩して家出した時も、単独登山で雪に振りこめられて立ち往生した時も、滑落で負傷して身動き取れなくなった時も、いつだってそうだ。狼のような金色の眼をにっと煌めかせて、「ばぁか」と言いながら迎えに来るのだ、ザカリーは。 だから。 今回も来る。 絶対に。 ほら、来た。 南極で発見された未踏峰、高さは推定10000mオーバー。くしゃみがたちまち顔面ごと凍り付くようなえげつない低温、だいたいいつもブリザードの吹き荒れる狂った天候、わけのわからない不吉な気配、烈風吹きすさぶ稜線、それら悪意が形を成したような障害を乗り越えて、ザカリーは来た。優れてるったってたかが知れてる体力と筋力、平凡たる器用さと身のこなし、頭良すぎていらんこと考えがちな脳みそ、恵まれてるとは言い難い体格をひっさげて。怖がりで泣き虫で、最高の登山家かつ探検家であるところの俺の幼馴染兼親友は、泣きも喚きもせず、この未踏峰の9000m地点まで来た。 「アル、お前、ばぁか。わかったようなこと言いやがって」 だって、わかってたもんよ。お前は来るって。怖がりで泣き虫で、そのくせタフで、負けず嫌いの、我が幼馴染兼親友。いつもみたいに「うっせ」って返したいけど、俺もうとっくに鼓動も息の根も止まって、酸であちこち溶けて、口も喉もそれどころか体の芯まで凍りついちゃってんだ。こんな俺のこと見つけたら泣いちゃうのかなって思ったけど、ザカリーお前泣かないのな。泣けないのか。ごめんな。後でいいからちゃんと泣けよ。 「一緒に行こうな」 にっと笑って煌めかせた金色の眼はひどく淡い色合いで、ああ無茶をするときの貌だと察しがついた。そうだよな、お前そういうやつだよ。知ってた。 ザカリーは、俺が溶け落ちた指に引っ掛けるみたいにしてなんとかかんとか書いた手記をパーティメンバーに見せたあと、そっと懐にしまいこんだ。宝物みたいに。そんな丁重にされたら照れるだろ、おい。せいぜい大事に持って帰ってくれよな。父さん母さんへの説明は頼んだぞ。 黙って息してるだけで命が削れる、ブリザード添えの9000mで、ザカリーは足掻きぬいている。幾度も滑落し、かろうじて命を拾いながら、仲間と支え合って登っていく。ああ、そっちじゃない、指を掛けるならもう少し右に。お前の体格じゃもう少し右じゃないとその次が辛い。ほら、また滑った。今のきつかっただろ。声も出てないもんな。多少痛いくらいならお前いってーって大騒ぎするもんな。ああ、肋を傷めたか。え、お前その傷めた肋でリトライすんの?だよな、今のお前、ほんとに狼みたいなぎらっぎらの眼してるもんな。んん、こら、それは無茶だ。それはない。お前、さっき爪はがれてるだろ。アドレナリンで脳みそ沸騰して痛み飛んでるだけで、爪がはがれてたら物理的に力入らないんだからそれは無茶だ、やめろ、こら、ああ落ちた。…まったくもう、冷や冷やさせんなよ。 …嘘だろ、まだ行くのか。やめろ。待て。やめろって、なあ。お前の仲間はそりゃもう素晴らしいけど、それでも滑落ってのは止まらないときは止まらないんだぞ、よせって、ほら、なんで俺いまそこにいないんだろう、殴ってでも止めるのに。止めたいのに。止まらないって知ってるけど、でも。なあ、やめ、っ、落ちた、なあ無事か、生きてるか、声が出ていない、お前がここで潰えたら誰が父さん母さんに俺の最期を説明するんだよ。俺はお前にしてもらいたいんだ。…ああ、生きてた、めっちゃ痛そうだけど生きてた。やたらすっきりした顔しやがってこの。 絶壁に張り付くようにキャンプを張って、じりじりと体力を維持して、そしてザカリーは最後の最後で、仲間に道を譲った。 行くならあんただ、と、にっと笑って。 辿り着いた山頂は、ここから世界が始まるのだと言ったら世界中が納得するような、壮麗な景色だった。 お互いの健闘を仲間同士で讃え合っているザカリーとその仲間たち。俺も万雷の拍手を送る。もう手も何もないから気持ちだけだけど。あ、ハイタッチしてる。いいなちくしょー。 「…なあ、もう一回ハイタッチしてくれるか。…アルの、第一次隊のぶんも」 えっザカリーなに言ってくれちゃってんの。ザカリーの仲間たちも、応えて再びのハイタッチ。うん、俺の仲間たちもあんたらも、最高の登山家たちだ。 ザカリーの手に、いつもみたくぱしんと鳴らすつもりで触れた。触れられないけど。こういうのは気持ちの問題だ。 気持ちだけのハイタッチの瞬間、俺の幼馴染兼親友が、あれっとでも言うような顔をしたのは、神様が気をきかせてくれたんだと思っておこう。 山が狂う。信じていた当たり前も正しさも消え失せる、狂気の山嶺。 ザカリーは眼を爛々とさせながら、必死に生きる道筋を探している。腐食性のガスに侵され、命をすり減らしていくその姿を、じりじりと見守ることしかできない。 仲間が頽れた。ザカリーが唸りながらその身体を支える。濃いガスの中、引きずるように進む、背負った仲間がげふりと大きく息を吐いて、ぐうと力が抜けた。ザカリーの眼は薄ぼんやりとしている。摩耗している、こころもからだも。それでもなんとか仲間の躰を抱え直して、 てけり・り。てけり・り。鈴のような声。 仲間の躰からとっさにカメラだけを引きむしって、逃げて、追いつかれて。投げうった仲間の遺骸が食い荒らされていく様子を見て、ザカリーの眼から光が失せた。足が止まる。ばっかお前。こらふざけるな。走れ。逃げろ。お願いだから。 「もってけ」 残った仲間に押し付けたのは、さっき引きむしったカメラと俺の手記。ああ本当にこいつ折れてしまったのか。やめてくれよ。なあ。化け物に弾き飛ばされる体、壁に叩きつけられ、ぐなりと力を失って。 神様。俺の幼馴染兼親友は、洗礼だって受けてるんだ。教会通いは良くさぼってたけど、時々は行ってたし、行ったときは俺と違って居眠りなんかもせずにちゃんと祈ってたんだ。名前の由来を調べたときに、『神は我らを忘れじ』って誇らしそうに言ったんだ。 神様。この、狼のような、仲間の命を大事にする誇り高い男は、あなたに一番近い場所に辿り着いて、そして今、こんな奈落のような場所にいます。 かみさま。おれのおさななじみのことを、おれのしんゆうのことを、わすれないでください。 「…あの時、ほんともうきつくって。もう良いやって思っちまって」 中身のない墓に話しかける。墓碑の素材は、薔薇めいた色の花崗岩にしてもらった。白も黒もあの地獄みたいな場所を思い出すから。時が許す限り詣でる墓なんだから、俺の気分がいいように墓石は白と黒以外で頼む、というわがままを許してくれたアルの両親は本当にできた人たちだ。ああ、頭が上がらない人が増えていく。 「でもアル、お前が泣きべそかいてるような声がしたと思うんだよ俺は。…やっぱ良くはないよな、うん」 うっせ、という声を二度と聞けないことが、正直まだ信じられない。 「今日は天気も悪いから、誰もいないし。ということは、誰にも見られないしさ」 なあ、アル。獅子のように勇敢で、後に続く者のために的確な助言を残した男。ずっと一緒だった、もう一緒にいられない、俺の幼馴染兼親友。 「お前が、泣いたんなら」 喉が熱い。頭がじんじんとする。息ができない。 「俺、泣いていいよなあ」 お前が消息を絶ったって聞いた時も。 一ヶ月もの間、痕跡すら見つからなかったあいだも。 あのおっかなくてきれいな、きっつい登山行のあいだも。 悪天候で足止め食って焦れてるあいだも。 仲間が滑落死したときも。 お前の亡骸見つけたときも。 頂に立った時も。 背負った仲間の息が絶えていくのを感じたときも。 ああ、もういいや、と投げだしたあの時も。 若年の仲間がひとりで闘って、そのおかげで己は命を拾ったと知ったときも。 ずっと、ずっと、泣いてしまいたかった。 「もう、泣いて、いいよなあ」 いいよ。 声が聞こえたと、そう思った。 吠えている。 雨の降りしきる墓地で、神様に忘れられることなく命を拾った狼の子が、蹲って吠えている。 隠すように降る雨は、獅子の鬣のように荒かった。 ◇狼の子と獅子の物語。 ◇PLはずっと泣いていたけど、ザカリー泣かないんだもの。お前いつ泣くの?って脳内のザカリーに聞いたら、この話が出来ました。 ◇同卓していただいたPLさんがた、KPさん、そしてダイスの女神は、ザカリーをちゃんと見てくれていた。ありがとうございます。
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