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😶 アフターストーリー④「ヒトのカタチ」 (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼) ある日の昼下がり、私は一人の待ち人を待っていた。 待ち合わせ場所は例のバスが突っ込んできた事件の始まりの場所である喫茶兼BAR弦巻だった。 私はここの店主であるマキさんにアイスコーヒーを1杯注文すると、それが届くまでの少しの間時計を見ながら思い返すことにした。 今回のことを大きく分けるなら人形、人の欲望、そして…愛されなかった人形である彼女だろうか。…いや、最後は是正すべきだろう。今は愛されなかった人形ではなく、ヒトとして生きる命の形なのだから。 正直、今回を通じて思うことは様々だが、やはり一番は「完璧」は人の手には余るものだということだ。私は、恥ずかしい限りなのだが、「それ」に魅了され、自分の物にしようと奪い合ってしまった。結果的には、1人が思いとどまったことで何とか全員が鎮まったものの、そうならず全員が死ぬまで奪い合っていたら……。そう考えるだけで末恐ろしいことだ。気を付けられる物かも分からないが、とにかく今回のようなことにならないよう願うばかりだ。 そんなことを考えているうちに頼んでいたアイスコーヒーが届いたため、思考にストップをかけ、同時に出された砂糖入れから角砂糖を3つ、4つ取り出しカップにポトリ、ポトリと落とし混ぜていく。そうして一口付けようとしたところでチリン、チリンと店の入り口のベルが鳴ったことに気づいた。 私は一度立ち上がり、入口の方を確認するとその人物がいることを確認した。彼女も私に気づいたのか、此方を向いて軽く手を振った。私はそれに小さく振り替えし、席に着くように促す。私も座り直し、コーヒーを一口含んだ後彼女に話を切り出した。 「ゆかりさん、わざわざお呼び立てしてしまいすみません」 「いえ、構いませんよ。それより、電話で言っていた渡したいものって何ですか?」 「えぇ、これです」 そう言って私は彼女の前に大き目の封筒を1つ差し出す。 彼女は不思議そうな顔をしながらそれを受け取り中を確認した。そこにはクリップ止めされた紙束が入っており、彼女はその紙束に大きく書かれたタイトルを読み上げた。 「人形館殺人事件資料レポート…?」 「はい、それが渡したいものです」 「何故これを私に?いえ、ネタを頂けるのはありがたい限りですが」 彼女が言い淀むのも無理はない。なにせこのレポートは私がこの事件で知り得た情報を事細かに纏めたものなのだから。しかもそれを今目の前にいる女性に渡しているのだ。驚くのも当然だろう。 「今回の事件協力してもらえましたから。これはその報酬だと思ってください」 「協力…。といっても、私は調べたいと思ったことを貴方のツテに調べてもらった過ぎませんよ」 「それでもです。それに、こういう思いを伝えるのは世界的な作家の方が適材でしょう」 「…なるほど。本音はそっちですか」 「バレてしまいましたか」 私の答えを聞き、彼女は苦笑いを浮かべる。 そして再び手元の資料に目を落とした。私はその様子を静かに見守る。 そして、私は目の前のコーヒーを半分程飲み干した所で、再び彼女が口を開いた。 「……それにしても、殺人事件とは大きく出ましたね」 「別に間違ってはいないでしょう?」 そう。今回の事件のそれは、本質こそは違うかもしれないが、計29回の殺人事件を引き起こし、1人の少女を近くで延々と苦しめたことには相違ないのだから間違ったことは言っていない。 「そうですか。…ですが、このタイトルからは貴方の感情が伝わってきます」 「……どういうことでしょうか?」 「貴方、彼女に同情したんじゃないですか」 「…………」 少しの沈黙が流れる。 私は肯定も否定もせず、ただ無表情に目の前の彼女を見据えた。 「…まぁいいです。貴方には貴方の過去があるでしょうしね」 「…はい」 ようやく振り絞った言葉を最後に再び沈黙が流れていった。 コーヒーカップの底が見えた頃、一通り読み終えたのかゆかりさんは資料をまとめ元々は言っていた封筒へとしまっていく。 「今立て込んでる原稿が2つほどあるので本になるのは少し後になると思いますが、ちゃんと本にするので心配なく」 「えぇ、楽しみにしておきますよ。神谷先生」 私はそうとだけ告げ、会計を済まし外へと足を進める。 「カラトーさん、最後に一つだけ」 後ろから声をかけられ、振り返ると彼女はこちらを真っ直ぐに見つめていた。 「貴方、この前会った時よりかなりいい顔できるようなりましたね」 そう言われ、私は一言だけ告げて店を出た。 「私も、ヒトですから」
レスポンスはありません。
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