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😶 そして生活は続く、これでいいのだ 昨日は実を言うと、セッションの後、猛烈に心の奈落へ落ちていました。自作シナリオを6時間回してベストエンディングを迎えた後でした。 自作シナリオを回すと大抵落ち込むのですが、今回は特に酷く。自分でも何故、こんなにも憂鬱で不安で空虚なのか分からず、グチを零していました。 そうしたら、個人的に師匠と思っている方からコメント頂いたり、自分宛てかは分からないけど熟練の方がさり気なく呟いて下さって、漸く気持ちが激しいマイナスに振り切れてしまった理由や出口に繋がる糸口のようなものが分かりました。 激しく心が折れてしまった理由、それは探索者が満点だったが為に、自分のシナリオやキーパリングをより客観的に自覚したからでした。セッションは探索者によって100%になる、完成する、だからこそ、探索者が満点だからこそ、自身の不甲斐なさ、稚拙さ、未熟さ、そういったものを無意識に感じ取っていた、というワケです。 自分は自分のキーパリングやシナリオが独善的で強引である自覚があります。そして、こと、シナリオに関しては、愛してはいるけれど好きではありません。「このシナリオは何故、LGOや墓所や砂糖菓子のエンディングのような静かな感動をもたらしてはくれないのだろう」と、いつも作り、回しながら考えている。こんなにも時間をかけているのに、と、遂には虚無感が頭をもたげるのです。 故に良いシナリオを作る為に、良いKpになる為に、どうしたら良いのか、無自覚に思案していて、答えのない泥沼に沈んでいっていたのでした。 分からない。どうしたら良いんだ、なんで皆、自作シナリオを回して平気でいられるんだと。平然としていられるんだと。 出口に繋がる糸口も、いつも自分では見つけられなくて、誰かの知恵を、借りている。 平気になるまで、具体的な点数をつけられ続けると慣れます、という言葉があって、「そういや、そうだった」と思い出しました。 自転車と一緒、料理と一緒。 自転車は最初転びまくってズタボロでしたけど、今でも毎日使っています。料理も下手で今も下手だけど、ワイルド料理で毎日作って食べている。 それと一緒で良いのかもしれない、と。生活の一部にしてしまえば苦しみなどありようはずもないと。 いつも蜘蛛の糸を垂らすように、静かに救ってくれる人がいます。その方々に出会えて良かった。攻撃してくる得体の知れない卑屈な闇に対して、誇れるものといえば、その人たちを見つけたこと、見つけてもらったこと。それが確かな自分の揺るがない芯であり、地面です。それがあるから、大丈夫。 今朝は、星野源のエッセイのタイトルが、赤塚不二夫先生のキャラクターのセリフが思い出されました。 「そして生活は続く、これでいいのだ」
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