ポール・ブリッツさんの日記 「パーティー全員クレリック問題」

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ポール・ブリッツ
ポール・ブリッツ日記
2018/08/29 05:02[web全体で公開]
😶 パーティー全員クレリック問題
D&D5版のコミュだったか、「とあるシナリオで、プレイヤーを募集したところ、キャラクターが全員クレリックだった。GMはどうすべきか」という問いにでくわしたことがある。その場の解答は、「プレイヤーにキャラクターを変えてもらう」であったが、ほんとうにそれは正しいのかを考えてみたい。「キャラクターを変える」以外にプレイヤーに楽しんでもらう対処法はないのか。

「キャラクターを変える」のに抵抗を感じるGMとしては、これはもう、「シナリオを変える」しかないと思う。シナリオの大筋を残したままで、細部を変更して対処するのである。

1.導入部を変える
 まず、話の展開を考えて、話の大筋が変わらない程度に、「クレリックしかいない」状況を作る。
 例えば、「冒険者求む、の張り紙を見て集まったPCたちは……」の場合は、何も変えなくていいのは自明である。
 これが、「宮廷での権力闘争に巻き込まれた宮廷人のPCたちは」というのであれば、いささかの変更が必要であろう。しかし、巻き込まれるのであれば、それがたまたまクレリックであるというだけなので、セリフを少々いじればそれですむはずだ。アドリブでなんとかするべきだろう。

2.ダンジョン、もしくは冒険のフィールドの地図を変える
 これについては、わたしは、「必要ないだろう?」としか思えない。クレリックが歩いていけない地図は、ほかのキャラクターでも移動は困難だろう。マップのほとんどが飛行しないといけないようなものであれば、単に、PCのクレリックたちに飛ぶアイテムを渡しておけばいいのである。「期限付き」にするのがいいだろう。

3.モンスターを変える
 クレリックでは絶対倒せないモンスターがいたら(わたしには想像がつかないのだが……)倒せるモンスターに変更するべきであるのは当然だ。では、クレリックが苦戦するタイプのモンスターであればどうか。その場合は、わたしは、変える必要はないと思う。苦戦するのも、またひとつのゲームの楽しみである。あまりにもパーティーの損害が大きかったら、以降出てくるモンスターを省略したり、弱くしたらいいだけの話である。そのくらいのアドリブはあってしかるべきだろう。

4.トラップを変える
 クレリックに鍵開けや罠外しの技能が存在しない場合、そのまま鍵開けや罠外しの技能の必要なトラップを仕掛けるのは愚かであるのはいうまでもない。だが、罠の効果を「クレリックの呪文である程度緩和することができる」ものに変更するとか、解錠もしくは罠解除の条件を「あるパズルを解くこと」に変えるなどすることで、罠や解錠のスリルは保ったままシナリオを同様に進めることは可能である、とわたしは考える。例えば、トラップを突破するのにどうしてもある「魔術師の呪文」を使う必要性があるなら、「その呪文が封じられていることがわかっている、起動方法が暗号で書かれたアイテム」を出すなどの方法を取ればいいだろう。某ソーサリーの「LIX」なんて、そういう意味で秀逸なアイデアだと思う。

5.NPCを変える
 そのNPCがモンスターとして立ちはだかってくる場合を除き、とくにNPCを変える必要はないのではないかとわたしは考える。モンスターとして立ちはだかってくるのなら、モンスターと同じ考え方で変更すればいいだけの話だ。例えば、どうしてもそのNPCに「魔術師と会って話をさせなければならない」とかならば、クレリックたちにそのNPCを誰か魔術師のいるところまでエスコートさせるというまた新たな冒険のネタができるはずだ。そのほかにも、あらかじめパーティーに遠距離通話用のアイテムを渡しておく、などの手が考えられる。アドリブでなんとかするべきだろう。

6.アイテムを変える
 これは、報酬となるアイテムを、クレリックにとって嬉しいアイテムに変える、というだけのことではない。ゲーム中にキーとなる働きをするアイテムを、もし進行に不自然もしくは不都合だった場合、都合のいいように変更するということである。また、そのアイテムは、ルールブックにその存在が載っている必要はない。それこそ、GMが好きにデザインしてしまって構わないと思う。

7.結末を変える
 結末を変えるという必要は薄いだろう。ここまでのことがやれていたなら、必死の冒険の末、クレリックたちはそれなりの結末に自分からたどり着いているはずだからだ。あとはそれをGMとPLが受け入れるかどうかだけである。双方にとって受け入れたくなるようなものであることを心から望む。もし成功したとすれば、「クレリックだけでの冒険」という経験は、さぞや楽しいものとなっているはずだ。なぜなら、ほかではまず味わえない体験になっているだろうからだ。

8.それって、シナリオを変えすぎじゃないのか?
 必ずしもそうではない。そもそも、シナリオを変えすぎ、ということを、どうして冒険途中のPL(PC)たちが知っているのか? 知っていたらかえってそのほうがおかしいとわたしは考える。セッションが終わった後で、元シナリオを読んで、違いに笑うPLがいたとしても、GMとPLの目的は、冒険をスリリングかつ楽しく行うことであるので、終わった後のことについては、GMの感知するところではないだろう。
 うろ覚えだが、昔、月刊タクテクスの「トラベラー」のリプレイで指摘されていたことに、「本に書いてあるシナリオをそのまま一字一句適用するのは機械にだってできる」というのがある。あれから機械はずいぶん進歩したが、人間がプレイしている以上、人間が満足するようにコントロールするのは、やはり人間であるGMである。

 「どんな状況でも楽しめれば勝利」だと思って、もっと自由にTRPGを楽しむべきではないかとわたしは考える。
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