温森おかゆ(まんじゅう)さんの日記 「アドリブ苦手勢のナラティブ系所感」

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温森おかゆ(まんじゅう)
温森おかゆ(まんじゅう)日記
2024/02/21 23:37[web全体で公開]
😶 アドリブ苦手勢のナラティブ系所感
 最近は、「ナラティブ系」(ダイスロールなどでの判定ではなく、プレイヤー自身がプレイヤーキャラクターの物語をセッション中に考えて、演出を繋げて作っていくシステム)をやっている。
 いつもお世話になっている方がナラティブ系統を好む人だったのがきっかけだが、初めてナラティブ系のお誘いをしていただいた時、失礼にも「アドリブ苦手だから向かない気がする」と敬遠していたので大きな進歩である。進歩したというのか、食わず嫌いをこじらせていた物の美味さに気付いたと言えるのか。
 ともあれ、アドリブ苦手勢の私がナラティブ系を始めて見て、最近感じた所感をまとめていこうと思う。

◆条件を満たせば演出は自由
 先達は「判定がないから、ここぞというタイミングで判定に失敗して『今カッコつけたかったのに!』と思うことがない。自分の望む通りにシーンを作ることができることが魅力でもあり難しさでもある」と仰っていた。
 ナラティブ系は自分の趣味が全開にできる。やろうと思って、システムの世界観とも齟齬がなくて、GMがそれを認めたのなら、「ぼくのかんがえたさいきょうのキャラクター」をやっても良いわけである。ナラティブ系には判定がない。これがなにを意味するかと言うと、CoCじゃ「ではあなたの目の前には強盗が立っており、此方に銃を向けて発砲した。〈回避〉をどうぞ」と言われるところ、「ではあなたの目の前には強盗が立っており、今まさにあなたに銃を向けて発砲したところだが、あなたはここで望むように場面を作り上げてよい。音速の速さで銃弾を躱し、その足で強盗を抑え込んでも良いし、サイキックパワーで止めてみせても構わない」となる。もちろん、ナラティブ系にもシナリオが順当に進むためのある程度のシーンの落としどころというやつがあるので、キャラクターシートと決められたシーンの流れには沿う必要があるものの、そこにさえ辿り着ければ、その間の演出は基本的に自由なのである。
 ナラティブ系はほとんど判定がないことが特徴と言える。シナリオも最低限の骨組みを与えられるだけのものが多い。なぜかというと、物語を決めるのはシナリオでもGMでもなくあくまで「プレイヤー」である、という扱いになるからだろう。
 シナリオという、大まかなストーリーラインに沿って、その中で自分がどのような物語を紡ぎたいかを決め、そこまでの仮定を自由に描き出していく。そのプロデュースが、ナラティブ系システムの大半を占める。

◆難しい
 大まかなストーリーラインに沿って、紡ぎたい物語を描き出す……その作業の繰り返しが、ナラティブ系システムの大半の醍醐味を占める。
 「ここぞっていう大一番で判定に失敗して、カッコ悪いことになるかも」という心配はほとんどない。やりたければ華麗に決めても良いし、逆に悪運だらけのダイハードを泥臭く演出したってかまわない。
 それが楽しいのだが、一方で最高に面倒なところでもある。自由に描き出せる分、そこには自分なりのビジョンが必要だ。そのセッションでどのようなシナリオを描き出したいのか。例えば群がるゾンビの軍団を相手に華麗に無双するバ〇オハ〇ードがしたいのか、それともゾンビの軍団から隠れ逃げ回りながら脱出を目指すウ〇ーキング・デッ〇がしたいのか。それが決まっていないと、GMがゾンビの軍団が群れ成して襲って来る迫真の描写を読み上げる間、頭が真っ白になること必定なのである。
 私はそういうビジョンをとっさに組み上げる「アドリブ」というものが非常に苦手だから、特にナラティブ系に関しては食指が動かなかった期間が多い。最低でも今回のセッションではB級ホラー映画をやるのか、Z級シャーク映画をやるのか程度は決めておかないと間違いなく頭が真っ白になってしまう。
 なので毎回、出来る限りその辺りの方針は定めて、最悪相手に自分のキャラクターの言動を「台本」にして送って確認してもらいながらやっている。それだけ補助輪をつけてやらないとできない程度には、私にとっては難しい。
 ナラティブ系をやっていると、世に敬遠されがちな「一本道シナリオ」のいかにありがたいかが分かる。

◆趣味が合えば天国、合わなければ地獄
 ストリテラ、アンサングデュエット、銀剣のステラナイツ、ケダモノオペラあたりのナラティブ系ルールブックをざっと見たが、どれも「自分のやりたいことは相手の地雷でないかちゃんと確認しましょう」「悪だくみ(やりたいシーンの打ち合わせ)の時間を十分に取りましょう」「セッション中に相手との好みの違いで進めづらくなった時は、一旦ストップをかけましょう」と、「相手の『嗜好』を最大限尊重するように」という旨のことが書かれている。
 昨今のネットが生み出した名言のひとつに「誰かの好きは誰かの地雷」という言葉がある。それと同じで、やりたいからと言ってひとり突っ走るゲームでは決してないというのがミソだ。少々難しいが、演出が自由だからと言ってセッションは「交流の場」であることに変わりはなく、自分のアブノーマル趣味を全開にするとか、R18発言を垂れ流すとかはしてはならない。ただでさえ貴重なナラティブ系システムの遊び相手を失うことになる。
 趣味が合うとカッチリハマって感動するほど楽しいのがナラティブ系であり、逆に相手と趣味が合わないと見たくないものを延々と流される苦痛の時間に早変わりするだろう。
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