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😶 SW2.5小説:コボルドの生活 貧困が紡ぐ糸 (▼ ネタバレを含むコメントを読む。 ▼)「マリリンちゃんさぁ。毛が生えているからって、羊毛に混ぜ込んで誤魔化したりしないでくれよぉ?」 「そんなことしませんって~」 「でもさぁ、コボルドはそういう事できるよね」 「私の毛なんかじゃ、とてもとても」 愛想笑いを浮かべつつ、お客様に注文の紡毛糸を引き渡す。内心では「早く帰って」と思っているけど、お客様相手にはさすがに言えない。 「キミらコボルドって蛮族だろ? 生活苦しいならさぁ……そういう事もしちゃうよね? 魔が差したりしてさ」 「おいおい、あんまりウチの店員イジメてやらないでくれよ~」 絡んでくるお客様に対し、私の雇い主である旦那様がちくりと言ってくれた。ただ、その顔も苦笑気味。あまり重く考えていない表情だ。 私がコボルドだから、こんな扱いを受けている。ちゃんと働いていても「お前達は蛮族だから」とイチャモンをつけてくる人がいる。 本気で言ってくる人は少ない。いま話しているお客様も常連さんもそう。 ちょっとした冗談。旦那様も相手もそう思っている。 けど、当事者である私は傷ついていた。人族が上から目線で「イジメてるつもりはなかった」とコボルドを軽んじてくるのはいつもの事だけど、それでも傷ついている。 魔道機文明時代はこういうの「モラハラ」とか「ヘイトスピーチ」と言っていたらしい。けど、そんな言葉は文明崩壊と共に廃れた。 「マジメに働けよ」 「えへへへ、はぁい」 愛想笑いを浮かべ、モラハラ常連客を見送る。 心は冷たく傷物になっているけど、かといって反論しようものなら行き場がなくなる。私達コボルドは「人族サマ」の慈悲で存在が許されているだけ。 実質的な奴隷。だけど、人族の多くはその事を気にしていない。他人事だ。まあ、私はかなりマシな方だけどね。 「マリリン、茶を淹れたから一服しな」 「あっ。すみません」 旦那様に勧められ、一緒に飲む。お茶ぐらい言っていただければ私が淹れますよ、と伝えると旦那様は笑顔で「いいんだよ」と言った。 「お前さんはよく働くからねぇ。助かってるよ。コボルドなんてチビで頼りないと思ったけど、小さくても細やかな気配りが出来るもんなんだなぁ」 「あはは……」 旦那様は悪人ではない。蛮族の私でも人族より少し安い程度の賃金で雇ってくれている。細やかな気配りは無いけど、悪意はない。 人族相手の接客はともかく、仕事の内容は好き。 旦那様は繊維商で、私は小口の取引の窓口を担当している。綿糸や麻糸、羊毛などから作った紡毛糸 梳毛糸を取り扱っている。 毎日、たくさんの糸に触れる。それが好き。コボルドを舐めているお客さんの相手をするのは疲れるし慣れないけど、糸は好き。 愛想笑いには慣れた。慣れないと仕事を失くす。コボルドは蛮族だから人族の街では肩身が狭い。人族に媚びへつらう必要がある。 それでも、蛮族領よりはマシだ。マシだからって良いところではないけど、他の蛮族の暴力に怯えてビクビク暮らすより陰湿な人族の方がマシ。 「そういえば……もうすぐ旦那様の娘さんが帰ってくるんですよね?」 「そうなんだよ! 繊維と商売の勉強のため、留学に行ってたんだけど……もう直ぐ帰ってきて店を継いでくれるんだ。楽しみで指折り数えてる」 「良かったですね」 「へへ……。あの子は利発で真面目で優しい子なんだ。それに可愛いもの好きだから、お前さんの事もきっと気に入ってくれるよ」 そうだといいな。これからもこの店で働くなら媚びを売らなきゃ。人族の機嫌を損ねると大変だもの。 人族はコボルドの機嫌なんて考えてくれない。本人達はちょっとした冗談のつもりなんだろうけど、ちくちくした言葉が続くと心が淀んでいく。 私、このままここで働いていていいんだろうか? 仕事の帰り道、ふとそんな事を思う。今よりもっといい場所があるんじゃないかな、と考えてしまう。もっと私の事を……コボルドの事を尊重してくれる人達はいないんだろうか。 「コボルドの国でもあればなぁ」 「あっ!! コボルドだ!!」 「ひっ……!」 帰り道、人族のクソガキと遭遇した。徒党を組んで「待て待て~!」と追いかけてくる。慌てて逃げる。捕まったらまずい。 「おのれ~、蛮族め~」 「ボクらが成敗してやるぅ~」 「やだ、やだっ。やめて、やめて」 人族の子供なんて大嫌い。 奴らはコボルドの事をぬいぐるみか何かのように考えている。捕まると毛を引っ張ってくるし、蹴ってくる事もある。 大人の人族はそんな光景を見て苦笑する。子供のやる事だから、と言いたげにして、なかなか止めてくれない。……人族同士で同じ事してたら止めるくせに。 「ひ、ひっ、ひぃ……!」 「くっそー! あいつ、どこにいった?」 「わかんね。おい、斥候、探せ」 「サイコロ転がしてみようぜ」 今日のところは何とか捕まらずに済んだ。念のためしばし隠れ、日が完全に暮れてから帰る事にした。 むしゃくしゃする。腹いせに少しだけ散財しよう。コボルドでも入れる浴場に行ってくつろいで、それから地元のコボルドが集まる酒場に――。 「あ……あれっ……!? 財布、どこに……」 お気に入りの、花柄の財布がない。血の気が失せる。クソガキ達に追いかけられた時、落としてしまったみたいだった。今頃奴らに拾われ、「戦利品だ」と盗られたかもしれない。 「う、うぅ……」 悔しくて涙が出た。さすがに全財産が入っているわけではないけど、2、3日分の生活費は入っていた。それがパァになった。ばか、私のばか。 「…………帰ろう」 惨めさで胸いっぱいになりつつ、帰る事にした。 大丈夫、慣れてる、コボルドだから。 水で湿らせた布で身体を拭き、同居人が買った保存食を拝借。お腹減ったら食べていいと言われたけど、お金は払う。ただ、あの子、一週間以上前に冒険に行ったきり帰ってこないからもうダメかも。 「……それでもお金は払わないと」 帰ってこないとしても、それなりに仲良くしてた人族だし……私は、誰かから物を盗むところまでは堕ちたくない。 食事をして眠りについた。外の歓楽街から人族の笑い声が聞こえてきた。これさえ無ければいい物件なんだけどな、ここ。 ただ、もうすぐ出ないといけないかもしれない。私がここに入っていられるのは同居人と家賃折半しているから。前の同居人が失踪して直ぐ、エルフの女の子が来て何とかなったけど……その子が帰ってこないと私だけじゃ家賃払えない。 自分の未来とか理不尽について悶々と考える。なかなか寝付けなかったけど、いつの間にか眠りに落ちて……朝になっていた。 「仕事いかなきゃ……。あ、いや、ちがう……」 今日は休みだった。遊びに行くお金もやる気もなく、しばし寝床でゴロゴロしていた。さすがにお昼前には起きて所用を済ませる。 「ハァ……。糸でも紡ごうかな」 部屋隠していた袋を引っ張り出す。そこに貯めていた毛を取り出す。 私の毛だ。コボルドは多くの人族と違って毛だらけで、換毛期にと毛が生え変わっていく。抜け毛が激しい子は大変。食堂や酒場とか勤めていると、特にね。 だけど、ちゃんと毛を貯めておけばこれを紡いで糸が作れる。紡いだ糸からセーターや帽子が作れる。毛は自前のものだから元手はタダ! 毛質によるけど、糸を紡げる毛質のコボルドの家庭はよく毛を溜め込んでいる。 人族には笑われる、貧乏くさい習慣。けど、私は自分達の毛で糸を紡ぐのが好きだ。3年前、私がまだ3歳の子供コボルドだった時、ママに教わって覚えた技術……昔は家族と毛を交換していたけど、今はもう、できない。 「…………」 糸を紡いでいると良い気分転換になる。くしゃくしゃの毛玉を梳綿……櫛で均し、方向を整える。整えた繊維を少しだけ指で繰って、導き糸を作る。それを紡錘に仕掛ける。 準備が終わったら紡錘を地面近くにぶら下げ、コマのように回転させる。導き糸がねじれ、それが繋がっている繊維が糸としてより込まれていく。 地道な作業を繰り返し、糸を紡いでいく。専門の魔動機とかあればもっと楽だけど、そんな大量に紡ぐわけじゃないからそこまで不便はない。 「はぁ~……落ち着く」 糸は人族みたいにコボルドをぞんざいに扱わない。逆に、ぞんざいに扱うと糸の出来が悪くなるけど、誠実に向き合えばキレイな糸として仕上がっていく。 そりゃ、羊毛とかに比べたら良いものじゃないけどね。自分用の糸だからいいの。人族だとリカントには「わかる~」って言われる事もある。彼らも自分の毛を少しずつ貯めていき、糸にする家庭もあるそうだから。 ただ、リカントの場合は私達よりもっと情緒ある使い道で、作ったものを愛の告白とかに使うそうだけどね。人族は余裕あっていいなぁ。 「ただいま帰りましたー」 「あっ、ルスちゃん。どこ行ってたのよ」 「実は色々ありまして」 「色々って……。まあ、生きてて良かった。おかえりなさい」 同居人が帰ってきた。冒険者として廃村にある魔剣の迷宮に行ってきたらしいけど、仕事が終わった後も向こうに滞在していたらしい。 「そういえば……これ、マリリンさんの財布では?」 「あっ! それ、どこで?」 街に帰ってきたところ、私の財布を振りかざすクソガキを見つけたらしい。見覚えあったから咎めたところ、子供は目を泳がせて「拾った」とか言ったんだとか。 「中身、ちゃんと全額あります?」 「ある! よかったぁ、ありがとね。お礼しなきゃ」 「いいですよ。……あ、いや、相談したい事があるんでした」 「相談?」 仕事先で拾った人形を綺麗にしたいらしい。有名な作品にも見えないけど、とても大事なものらしく、「いつか返す日のために」手入れしたいそうだ。 お礼も兼ねて手伝おう。繊維絡みのものなら少しは力になれる。そんな約束をして、仕事上がりの打ち上げに誘われた。一緒に食事して、私も少しだけ散財した。 金無しコボルドだから生活も楽じゃないけど、少しは潤いも無いとね。 「マリリンちゃんさぁ。羊毛に混ぜ込んで誤魔化したりしないでくれよぉ?」 「はぁ~い……」 潤いがないと、嫌いな客の相手で死んでしまう。 今日も愛想笑いで乗り切る。旦那様は苦笑している。 私達に救いはない。そう、思っていた。 「心配だから、いっそのこと値引き――」 「ウチの子に絡まないでくださーい」 「いたたたた!?」 嫌いな常連が悲鳴を上げた。誰かに尻をつねられている。 見ると、私の知らないリカントの女性がいた。 「そんなネチネチした事を言うからモテないのよ、アンタは」 「だ、誰だ……って、マリアンヌ!? 留学してたんじゃ……」 「今日帰ってきたの。商品受け取ったならさっさと帰ったら?」 「お、お前……なんか、結構な美人に……」 「仕事の邪魔」 「はい……」 2人は幼馴染だったらしい。常連はすごすご帰っていった。 リカントの女性は私に対して微笑んだ後、旦那様に笑顔を向けた。 「ただいま、父さん」 「おぉ! おかえり! 会いたかっ――」 「ねえ、何で自分のところの店員がイジメられてるのに助けてあげなかったの? 昔、私がイジメられた時は助けてくれたのに」 「あ、えっ、いや、お前は俺の子供だから――」 「娘として恥ずかしいわ。あとで家族会議しましょ?」 旦那様がうなだれる中、お嬢様が私に近づいてきた。膝を曲げ、視線を合わせてくれながら「初めまして」と言ってくださった。 精一杯、媚を売らなきゃ……! 「ぉ、お嬢様、はじめまちて……!」 「そんなに畏まらないで。私、マリアンヌって言うの。今日からここで働かせてもらうから、よろしくね。綺麗な毛並みのコボルドさん、貴女のお名前は?」 「マリリンでしゅ……」 「素敵な名前! ねえ、お茶でも飲みながらお話でもしない?」 「あっ、あっ、俺が淹れるよ」 「私が用意するわ。父さんも座ってて」 お嬢様は、他の人とはちょっと違うみたいだった。 いや、人族が全員あの常連さんみたいってわけじゃない。優しい人族もいる。これからのこと、色々不安だったけど……もうちょっと、ここで、頑張ってみようかなぁ……。
> 日記:SW2.5小説:コボルドの生活 貧困が紡ぐ糸 コボルトちゃんが救われていて良かった……。とても良い小説でした!
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