霞さんの日記 「「RP(ロールプレイ)」と「お芝居」と「なりきり」と」

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霞
日記
2018/11/01 02:17[web全体で公開]
🤔 「RP(ロールプレイ)」と「お芝居」と「なりきり」と
 
今日から11月、、時がすぎるのは早いですね、、
ハロウィンの余熱も醒める冷雨ですけど、
皆さまも無理をされないようご自愛くださいね。

ここのところ水曜日の夜は、セッションの予定がありませんでしたので、
毎週、映画館のレイトショーを観にいってました。

重度のTRPG脳なので、そんなときでも登場人物に感情移入して、
「わたしだったら、こーするかな/こう言うかな」みたいな感じで観てますけど、
このキャラクターは次にこういうセリフを言うだろうな、
っていうのが結構ピタッと当たるようになってきて、
「あれ、、わたし、案外、脚本家になれるんじゃないの??」
なんて思ったり。。(ぇ

・・・

日記等で「なりきりや演技が苦手だから、RPできない」っていうご意見をときどき聞きます。
でも、わたしは、TRPGにおける「ロールプレイ(RP)」って、
実は「演技」ではないんじゃないかなって思ってます。
(まして、単なる、既存キャラの模倣としての「なりきり」や「ごっこ遊び」とは本質的に異なってます)

以前の日記で、「わたしはRP重視のスタイルです」みたいなこと書きましたけど、
そんなふうに「RPは、なりきり/演技」っていわれることに、どこか違和感をもってしまいます。。
ただ、その違和感の正体をうまく言葉にすることができずにいたのですけど、
映画やドラマを観ていて、最近、その答えが少し整理できてきたように思います。

といっても、そもそもTRPGにおける「RP(ロールプレイ)」の定義が曖昧で、
語る人によって違っていますから、違和感を感じるのは当然といえば当然です。

1人のプレイヤーがゲームの駒としてパーティメンバー全員を操作するコンピュータRPGか、
1人のプレイヤーが1人のキャラクターだけを演じるテーブルトークRPG、
どちらを先に遊んだか、その原体験でRPに対する認識も異ってくるのかもしれません。

キャラクターの「演技(なりきり)」や「演出」をさしてRPという人もいれば
(たぶんこれが一般的な解釈のようなのですけど…)、
「職業的な役割分担」こそが(古典的な、狭義の)RPだという人もいます。
職業だけでなく「人間関係的な役割/役柄」(リーダー、ムードメーカー等)を
演じることも含めてRPだという人もいます。
あるいは「物語上の役割」(ハンドアウト制の場合、特に)を演じることまで
RPと定義する人もいます。

・・・

結論からいうと、わたしは、「物語上の役割を演じる」ことまでぜんぶ含めてRPだと考えています。
そして、わたしにとって、TRPGにおける「ロールプレイ(RP)」の本質は、
強いていうなら、「シミュレーション」なのかなぁ、って考えてます。

TRPGのプレイヤーがしていることは、
「人物設定(キャラクターデザイン)」から始まって、
ゲーム的な「行動選択」をして、
「結果判定」するためのサイコロをロールして、
「台詞」や「描写」を考えて「演出」します。

演劇にたとえていうと、「脚本(の一部)」+「演技」+「演出」でしょうか。
それらを一人ですべて、しかも即応的・即興的にこなしているわけです。

ただ、表面に見えるセリフや描写はたしかに演技的なんだけど、、
でもそれは表層には直接顕れてこない深層の設定から積み上げた結果が、
演出を伴って顕在化しているのであって、
その根底に「シミュレーション」があっての「RP」だと捉えています。

・・・

高名な脚本家の倉本聰さんは、
物語の主要な登場人物(キャラクター)の「行動原理」を設定するときに
どこで生まれ、どのように育ち、どのような経歴を歩んできたのか、
略年表を一人一人につくるのだと聞いたことがあります。
(一部のシステムに導入されているライフパスをさらに詳しくしたようなものですね)
物語は、そういう人生背景をもった一人一人の「糸」の絡まりとして紡がれていきます。

創作された架空の人物ではありますけど、架空の人物であるからこそ、
ドラマ内の物語と直接関係がなさそうな設定であっても、
そういう設定がないと、役を演じる俳優さんもより深い人物理解ができず、
どこか嘘くさくて、まったく共感もできない、
リアリティのないうすっぺらなお芝居/ドラマ
になってしまう、のだそうです。

セッション内のPC/NPCもまた、単なる「点」の存在ではなくって、
物語の中の登場人物として、そのセッションの舞台に集うまでに
それぞれに人生背景(ライフパス)を歩んできた「線」であり、
セッションは、持ち寄られたPCという複数の糸が、紡ぎ織りなしていく物語です。

そうした設定に基づいてデザインされたキャラクター(登場人物)が、
シナリオ内の場面(シーン)のシチュエーションにおかれたときに、
他の登場人物(PCあるいはNPC、エキストラ)と邂逅したときに、
どのように感じて、どのように反応し、
どのように考えて、どのように行動するのか(あるいはしないのか)

設定された行動原理との間に齟齬がないように、
キャラクター(担当PC)の心情を考えて、
セリフや動作の描写を演出し、
そして行動を選択する ―――これって、考えてみると、つまり、
要するに「シミュレーション」なんですよね。

架空の物語の架空の登場人物のお芝居を、
いかにリアリティを感じさせるか、
わたしも、それを心がけて、
キャラクター(PC)をデザインして、
「RP」しているつもりです。

そのシステム、シナリオが提示している物語の舞台の中の登場人物の一人として、
「(違和感なく)いかにも在りそうな人物」として設定できているか、演じきれているか、
それを意識するようにしています。

そんなふうにセッションで提示される物語の舞台設定を大切にすることもまた、
 システムやワールド(世界観)をデザインしているゲームデザイナー、
 シナリオ(物語のプロット)を提供いただいているシナリオライター
 セッションを準備し主催しているGM/KP
へのリスペクトでもあると思って遊ばせていただいています。

 そんなわけで、わたしのキャラメイクはとにかく時間がかかります。
 1人の新規キャラをデザインするときには、少なくとも一週間くらいは必要です。
 セッション開始直前にハンドアウトをいただいても間に合わないので、突発セッションは苦手です。

 キャラクターシートにはぜんぶ書きませんけど、メモ帳にはいろいろと設定を書いてあります。
 セッションの流れに合わせて、使えそうな設定を引っ張りだしてくるようにしてます。

 この半年ほどの間にキャラメイクして登録したキャラクターが20人を超えましたけど、
 実のところ何十人ものキャラクターを演じ別けるようなお芝居の才覚もありませんので、
 練り上げた数人のキャラクターを継続して成長させていく方が好みだったりします。

 セッション履歴(セッションログ)は、経験値や功績点だけでは語れない、
 そのキャラクター(PC)が積み重ねてきたキャリアそのものなんです。

 実在しない架空の人物ではありますけど、物語の中では実際に生きている人、なんです。
 できれば死なせたくないし、だから可能な限り生還するルートを模索しながら最後まで足掻きます。
 なので、次から次にキャラを作成しては使い捨てていくようなプレイスタイルは
 基本的に好みません(っていうか、正直、あまり共感できません)。
 
***
 
そういう意味で、TRPGのプレイヤーは、担当するPCについて、
キャラクターをゲームのコマとして操り、ゲーム的な選択をすることに加えて、
「(キャラの)原案/原作者」と「脚本家」と「俳優」と「演出家」として
同時並行的かつ即興的なRPをこなさないといけない、
実は非常に高度な知的遊戯を趣味として遊んでいることになるんじゃないのかなぁ、
なんて感じています。

実際のところ、どんなプレイヤーでも、担当するPCについて、
多かれ少なかれ、そういうシミュレーションをしていると思います。
逆に、もし、そういう設定がないままの、表面的な「なりきり/演技」だけで、
登場人物(PC)の「シミュレーションができていない」のであれば、
それは「RPをできていない」=「本当の意味でTRPGを遊んでいるわけではない」
ということと同じなのではないのかなぁ、とも思ったり…。

というわけで、TRPGにおける「ロールプレイ(RP)」は、
決して単なる「なりきり」や「演技」なのではなく、
キャラクター設定のデザインから始まり、その設定に基づいて、
物語の中の架空の人物に命を吹き込む「シミュレーション」なのではないか、
っていうのが、今のわたしの「RP」にについての個人的見解・スタンスです。
(いうまでもないことですけど、、そうではない見解を批判しているわけではありませんっ。。)

たまにしか日記を書かないせいか、書くとまた長くなっちゃいましたけど、
最後まで乱筆乱文を読んでいただきありがとうございました。


――― 皆さんにとっての「RP」はどんな意味なのでしょうか。
 
 
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レスポンス

ばってん
ばってん
2018/11/03 00:05[web全体で公開]
> 日記:「RP(ロールプレイ)」と「お芝居」と「なりきり」と

こんばんは! ご無沙汰しています。
映画の登場人物のセリフが分かる、というのは、単にその人物を「シミュレーション」出来ているだけではなく、
物語をよりドラマチックに盛り上げる(つまり、観客を楽しませる)ようなセリフ回しを考えられているから、なのかも知れないですね。
なので、その稀有な才能をぜひとも映画界で発揮して頂いて…笑

キャラクターを丁寧にRPする事が、セッション開催に携わった各方面の方々へのリスペクト…というのは、すごく良い考えだと思います。
PLとして遊んでいる私達はついつい忘れがちですが、楽しいセッションは当たり前に提供されるモノじゃないですからね…。
笹パンダ
笹パンダ
2018/11/02 00:25[web全体で公開]
> 日記:「RP(ロールプレイ)」と「お芝居」と「なりきり」と
こんばんわ。笹パンダです。
興味深い考察だったので、僭越ながらコメントを。
私の場合、RPとは設定に沿った行動を取る事です。
特に、設定では職業やクラス、役割を意識するタイプです。普段、何をやっているのか。どうやって今まで生きてきたのか。今もこうやって生活している、という感じを出したいのです。
過去の設定は土台ですからしっかりと固めます。それを踏まえた上で、性格や考え方に特徴を持たせたり、セッションを重ねて変化させていきます。
ですから、この職業、このクラスでそんな行動は有り得ない、と思う行動だけは絶対にしないと心に決めています。私にとってのキャラ崩壊とは、設定から外れる事なのです。
ですから、キャラの設定に合わない選択が出来ず、ロストしてしまうことも……分かってはいるのですが、設定を捻じ曲げるのはある意味キャラに申し訳なくて……難しいものです。
的外れな話をしたかもしれませんが、こんなPLもいるよと参考までに。失礼しました。

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