温森おかゆ(まんじゅう)さんの日記 「シナリオに沿う必要」

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温森おかゆ(まんじゅう)
温森おかゆ(まんじゅう)日記
2022/03/16 04:48[web全体で公開]
😶 シナリオに沿う必要
こんな言葉がある。
「シナリオは素材、料理人はKP」
要するにシナリオはただの材料なのだから、卓によって変えてしまったっていいのだという言葉である。
まぁその言葉をどこまで扱うかも各KP次第となるけれど。
あんまりに下手な改変をすると味が損なわれるのは料理と一緒だ。
私がこれについて考えさせられる、あるPLの投稿があった。
あるPLはシナリオ中、自分と関係の深いNPCを犠牲にしなければ他PCも全員ロストという酷い憂き目にあっていた。
そして、結局そのPLはロールプレイを優先してしまい、PC全ロスという結果を招いて悲しい気持ちになってしまったということだった。PLは懺悔の気持ちと共に吐き出していた。
だがそれを見て私は疑問に思った。この場合、悪かったのはそのPLだろうか?

結論を言うと、私はシナリオかKPに大問題があったと思っている。
PLが苦痛を感じかねないような選択肢を強要させるシナリオというのは多いが、あんまりにもあまりだったのではないだろうか。私は理解できない。
シナリオに「絶対に死ぬ」とでも書いてあったのかもしれないが、そのプレイヤーとプレイヤーキャラクターの心情をないがしろにしてまで強制すべきものだっただろうか?
そして結果、そのPLは一人「全ロスを招いた」という烙印を押され、愛着のあるNPCの死と、同卓のPL,KPからの白い目という理不尽な烙印を背負っている。
NPCを犠牲にしないという選択をしたのは確かにそのPCだ。その決断が全PCをロストさせたというのも確かかもしれない。
だがもっとさかのぼって考えると、「PCの一人が犠牲に出来ようもない立場のNPCを目の前で死なせるか足掻いて全員死ぬか」なんてひどすぎる選択肢を考えたのは誰だろうか。シナリオかあるいはKPだ。
テーブルトークアールピージー。略してTRPG。「ロールプレイ」という言葉は、ルールブックの中で重要なものとして何度も登場している。別世界の中を、自分の思うさま作ったキャラクターで自由に旅し、自由に言動を行う。これこそがTRPG最大の魅力でもあるからだ。
プレイヤーはそのゲームの中で、自分の役割をプレイする。確かに、プレイヤーはプレイヤーキャラクターとは別で考えなければならない。プレイ中、プレイヤーはあくまで「解決」や「解明」に向けてコマを動かす必要がある。
だが、これに至っては選択肢があまりにも不躾で不謹慎だったと言いたい。

これが映画なら、作中何が起こってどんな気持ちになろうと、もう作られてしまっており結末が変わることはない。視聴者はただ椅子に座って飲み食いでもしながら眺めていることしかできないから、故に一歩引いた目線で楽しむことが出来ると言える。
だがその時、そのPLは映画を見ていたわけではない。大げさに言うようだけれど、その時PLは自分の決断ひとつで作中の人間の命を左右するという局面に曝されていたわけだ。さてどんな気持ちだろう。
現在進行形で紡がれている物語の演者ともいえるプレイヤーは知っている。望まない選択をとらなければ、自分たちにとって余計に不利益な状況に陥ることを。だがそんなことはプレイヤーキャラクターにはあくまで関係のない話だ。どんな危機が目前まで迫っていようと、目の前にいるNPCは自分の大事な人であり、おいそれと知りもしない結末と一緒に天秤にかけられるわけがない。その結果、選択した答えが最悪の結末を招いたとして、それは間違いだろうか?
私はそうは思わない。
「命」の取り扱い方はひとそれぞれで、そのゲームがどうだろうと、個人の価値観を押しつけるような真似は決してしてはいけない。結末がどうにもできなかったとしても、その場合は傷心のPLのケアをするべきだ。少なくとも与えてしまった苦痛への配慮が必要だ。

プレイヤーはシナリオや、キーパーが望む展開を実現するためにプレイするのではない。自らが望む結末に辿り着けるよう試行錯誤して、楽しむためにプレイするのだ。何をしようと結末が変わらないようなシナリオは、それこそ駄作だ。
私はシナリオ中の「命」の扱い方に関しては、それなりに気を付けて作ることにしている。プレイヤーの性質によっては気にする必要もそんなにないのだけれど。それでも一応、作品の中での命の扱い方が不和を呼んでしまうこともあるのは、人によって命そのものに対する考え方が全く違うからで、そう軽い気持ちで軽々しく扱っていいテーマでもないというのが事実だからだ。
PLが楽しめずシナリオ展開で悲しみを背負ってしまった時、それはKPやシナリオライターの責任でもあると思う。
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レスポンス

お賽銭入れ
お賽銭入れ温森おかゆ(まんじゅう)
2022/03/16 19:25[web全体で公開]
> 日記:シナリオに沿う必要
私は”参加者全員がそういう展開を望む場合”を除き、そういうセッションはクソの価値もないと思っています。
参加者の大半が苦痛を感じたり、あるいは楽しくないと感じるようなセッションは大失敗です。
これが、参加者が原因であればその人のせいではありますが、参加者が原因でなければ、KPかシナリオが原因となる、ここまでは同じですが、シナリオは所詮はセッションのベースであり、セッションの進行を管理するKPが原因だと考えます。
ぶっちゃけ、どんなセッションであれシナリオの通りに進行することは不可能です。それをどう曲げるかもKPの手にかかっているのです。このシナリオ後味悪いけど、PLがこれだけ頑張ってくれたんだ、私も少しは良い方向性にもっていこう、くらいは常識的なKPならするべきでしょう。それをする力量がないなら、そういうシナリオを無理して回すべからずです。
全員が楽しめない卓は、卓崩壊です。長時間付き合う人のことを考えるべきでしょう。

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